めて見ると、
「身一つ、世一つ、生くに無意味、曰くなく御文や読む……」
と、なるではないか。
それは、何かしら、思いあたるような『意味』を持っているではないか――。
×
私は雲のように、湧き上る不安を感じつつ、二度と行くまい、と決めていた森源の家にいそいだ。
温室にも、森源の姿は見えなかった。自動開閉ドアは、ぴったりと閉されていたが、私は、躊躇なく窓ガラスを破って、這入って見た。――私の、不吉な予想はあたっていた。
その部屋の中には、ルミが、一撃の下に、打ち毀されていたのだ。
赤い血はなかった。しかし、玩具箱を、ひっくり返したように、彼女の臓腑が四散していた。哀れな森源! しかし、森源の姿は其処になかった。
半生の希望と結晶を、一撃の下に粉砕しなければならなかった彼の、悲惨な姿を、私は長いことうろうろと探し求めた。
はからずも、同じ脳波を持った男の出現で、たとえ僅かな間とはいえ、ルミを奪われた森源は既に、「生くに無意味」を実行したのではなかろうか――。
探しつかれた私が、無意識な一服を点けながら、最後の温室に重い足を引ずって這入った時名も知らぬ熱帯の珍花が咲き乱れ、そして馥郁としたメロンの香の中に、長々と天井の支柱からぶら下って首を吊った森源の死体に、イキナリ突当った。
と同時に、私は、慄《ぞ》っとして一目散に、その温室を飛出してしまったのだ。
×
私が、悪夢に憑かれたように、よろめき帰ったその夜、どうした原因か、森源の温室から出た火は、またたく間に、その全建物を、炎上させてしまった。若しや狼狽のあまり、私が取り落したタバコの火からではなかろうか――。そう思うと、今なお自責の念に襲われるのだ。
底本:「怪奇探偵小説名作選7 蘭郁二郎集 魔像」ちくま文庫、筑摩書房
2003(平成5)年6月10日第1刷発行
初出:「科学ペン」
1938(昭和13)年9月号
※「人造恋愛」を改題。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2006年11月13日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全4ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング