ぼんやりしていたが水島はそんなことにお構いなく、
『さあ、時計でも見てくれ給え』
 斯ういうと彼は椅子に深か深かと腰を掛けなおした。
 彼が斯う無造作にして来ると、私にも又持前の好奇心が動き始めた。
『一寸。今三時三十八分だからもう二分してきっちり四十分からにしよう』
 というと水島は相変らず無造作に『ウン』と軽くいったきり目をつぶっている、斯うなると私の好奇心はもう押えきれなくなって了った。
『よおし、四十分だ』
 私は胸を躍らせながら言った、水島はそれと同時に大きく息を吸い込んで悪戯っ子のように眼をぱちぱちして見せた。
 私は十五分間やっとこらえた、私は不安になって来たのである、耐えられない沈黙と重苦しい雰囲気が部屋一杯に覆いかかっている、墓石のような顔色をした彼の額には青黒い静脈が絛虫《さなだむし》のようにうねって、高くつき出た頬骨の下の青白いくぼみには死の影が浮動している。
 私はこの洞穴のような空虚に堪えられなくなった、そして追い立てられるように椅子から立つと彼に近寄って、恰度《ちょうど》取合せた仁丹の容器に付いている鏡をとり出すとよく検死医がするようにそれを口元に近付けて見
前へ 次へ
全8ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング