のように濁っていた。
 私が、呆然としている中に、彼は押入まで辿りつくとその戸を開けて、何か、がさがさと抱え出した。
『アッ……』
 到頭《とうとう》、私は小さい驚ろきの声を出してしまった。押入の中には美しい少女がいるではないか。
 彼はその少女を懐《なつかし》げに抱えると、又ベットに帰り始めたのであった。私は思わず椅子から腰を浮かせた。
(人形か――。人形だ)
 如何にもそれは、驚ろくべきほど精巧につくられた外国人形であった。一目見た時は、はっとするほど精巧な人形であった。私はフト彼の父の外遊を思い出した。
(あの外遊の御土産かも知れない……)
 ――私が、そんなことを考えている中にベットの上ではその人形ルミと、黒住との奇怪極まる悦楽が始まったのだ。
 黒住は、無惨にも人形の着物を最後の一枚までもはぎとってしまった。そして、ぽい、と私の目の前になげすてられた時、どうしたことか、私はその着物から、ほのぼのとした甘い少女の体臭を強く感じたのだ……。
 私の心は妖しく震えて来た。
(そんなことはない、人形だ)
 と思いながらも。
 然し私はその赤裸にされた人形の体全部に、点々とした、くちづけの跡を発見した時、私の心の隅にあった獣心が、力強く起き上って来、烈しい嫉妬に、思わず椅子をはねのけて立上った。
(夢の中の恋人だなんて――)
 私はそんな美しい言葉を使った黒住が、殺してもあきたらぬように思えて来た。
 やがて人形ルミと黒住との優しい愛の囁きがボソボソと聞え始めて来た時は、私の心は全く平衡を失っていた。この奇怪至極な、この世のものでない雰囲気は、私の心をすっかり掻き乱してしまったのだ。
 私はテーブルの上に投出された鍵をつかむと、ぶるぶると震える手でドアーを開け、又ピンと錠をおろしてしまった。ばあや[#「ばあや」に傍点]はもう寝てしまったのか、目にふれなかった。私はその儘黒住の家を抜け出すと、あてもなく夜の道に彷徨《さまよ》い出た。
(人形、ルミ……)
 夜は深閑と更けて、彼方の骸骨のような森の梢には、細いいまにも破け落ちそうな月がひっかかり、新聞紙がもののけのように風にのって駛《はし》っていた。
(黒住のヤツ、わざわざ俺の目の前で……)
 私の網膜には、まだあの縺れ合った恥態が、なまなましく焼きついていた。
「ふ、ふ、ふ……」
 フト、ポケットに突込んだ手の先に鍵が
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング