しろ飽気《あっけ》なさを覚えながら、下って行った。しかし、間もなくその光っているのは水ではあるが、流れではないのに気がついた。視界が広まるにつれて、その水の面《おもて》も亦広がって行くのだ。
 それは、こんなところに想像もしていなかった沼だった。そしてその沼の面は、まるで一面に苔蒸したように青みどろに覆われ、ねっとりとしたゼリーのように漣一つ立ててはいなかった。
 川島は、水際まで下りる前に、朽ち倒れた松に腰をかけながら、その眼の下にひろがっている沼を見渡した。沼はなかなかの広さと得体の知れぬ深さをもっているように思われた。しかも、念のためポケットに捻込んで置いた地図を引張り出して見たのだが、どうしたことか、最初の分れ道の辺から二時間ぐらいの間に迷ったと思われるあたりをいくら探して見ても、一向に沼のあるような印はつけられていないのだ。
 尠くとも、今迄は相当に微細な小径まで符合していた地図が、この沼に限ってそれを全然落している、というのも可怪《おか》しなことだった。――或は、この沼は、地図が測量された以後に、多量の雨水が溜って出来たのかも知れないが、それにしても測量の時までは沼となる痕
前へ 次へ
全28ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング