が、両手を口に当ててメガホンのようにし
「洋子さあーん」
と呼んで手を振ったのに、いや、却ってその声が、あたりの森の中にわーんと泌込んで行ったせいか、彼女は、その美しい顔を泣き笑いのように歪めると、ぱっと身を飜えして木々の間に消え失せてしまったのだ。
川島は、いそいでその崖を駈のぼった。
夢中で掴まった草が野薔薇のように刺をもっていた、が、それが痛いということは、しばらく後《あと》になって、やっと気がついたくらいである。
だが、そんなにも急いで来たのに、洋子の姿は二度と見ることが出来なかった。
川島は、思い切れぬままに、しばらくあたりを迂路つき廻った末、やっと刺を持った木に引掛っていた洋子の服の引き千切られた一片だけを、見つけ出すことが出来た。
たしかに洋子が来ていたのである。そして服のどこかが引き千切れるほど疾《はや》く去って行ったのである。
あの泣き笑いのような複雑な表情が、果して植物であろうか、植物の彼女が、そんなにも疾く駈去ったのであろうか。そして又なんのために、こんな所へまで、川島をそっと見送って来たのであろうか。
洋子たちが、植物人間だなどとはそれこそ真ッ赤
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