はないか、とも思われる。
 川島は、思いがけぬことに時間をとってしまい陽のあるうちに目的地に行けるかどうかを危ぶみながら、しかし一方では、吉見さえ嫌な顔をしなかったならば、あのままに別れて来た洋子たちにもう一度あって確かめたかったのだけれど、吉見はなぜかそれを喜ばぬような素振りだった。
 そして、小屋のドアから送り出されると、沼とは反対の、教えられた森の中へ帰りはじめた。
 三つ目の目印のところで立止った時は、もう一度引かえそうかと思った。
 だが、振りかえって見ると、こちらからでは此処へ来るまでに過ぎて来た目印が、もうわからなくなってしまっていた。
 四つ目の目印である葡萄の花のところまで来て、またもう一度振りかえった。
 その時、ふと見上げた左手の崖の上に、思いがけないものが立っていたのである。
 洋子だった。たしかに菊の縫取りがあった――。
 その洋子が、こっそり見送るように川島を見|下《おろ》していたのだ。ばったり眼が合った瞬間、彼女はどぎまぎした様子だったけれど、すぐその手袋のように白い手を振って見せた。
 洋子の顔は、気のせいか上気したように赧らんで見えた。そして思わず川島
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