の鉄製の箱が置かれ、むき出しの天井を匐《は》っている配電線に結ばれていた。
村田は、その電線を引千切《ひきちぎ》りながら
「これだよ、これが眠り病の正体だ――」
「えッ、こ、これが眠り病の――」
「そうさ」
「そうさ、って君、これはただの箱じゃないか、眠り病というからには何んか……、それともこの箱が眠り病の病菌の巣かなんかで……」
「いやいや、これは機械だよ」
「機械――?」
「そうさ、いま東京中に猖獗《しょうけつ》している嗜眠性脳炎を病理学的にやろうとしたのが間違いなのさ、思えばずいぶん無駄な努力をしたもんだ、いくら顕微鏡なんかを覗いたって病原体なんか見つかる筈がない」
「というと」
「つまり、これは大陰謀なんだ、帝都を眠り病の死都と化さしめようという、恐るべき大陰謀だってことが、タッタ今わかった……」
途端に、納屋の外で、美都子の悲鳴が起った。慌《あわ》てて駈下りて見ると、縛り上げられた男が、やっと気づいたと見えて、むくむく動き出しているところであった。
早速自転車を馳《は》しらせて、一応警察の方にその男の始末を頼んで置き、意気揚々とした村田を真中に、喜村の家にかえって来た。ゲンも尾を振りながら、穏和《おとな》しく追《つ》いて来て、自分で小屋に這入ってしまった。
六
「しかし、君、あんな機械でどうして眠り病が出来るんだい」
部屋に落着くのを待かねて喜村が聞きかけた。きのうから眠り病の惨禍《さんか》を、まざまざと見せつけられているし、それが何者かの大陰謀だとあっては、なおさら聞きずてならぬことだった。
「あの箱がくせもの[#「くせもの」に傍点]なんだ、電燈線に接《つな》いであったろう――、あれは電燈線を動力として簡単に超音波を発生する装置なんだよ」
「超音波――?」
「いかにも」
村田は、大きく頷いて
「その超音波こそ、嗜眠性脳炎――俗称眠り病の原因なんだ」
「ふーん」
「眠り病の原因が物理的なもんだとは古今未曾有の大発見さ……、しかもこれを素早くスパイの奴が利用していたんだから恐ろしいね、東京全体を眠り殺すばかりか、君の話によると国境方面の警備隊にまでやっていたんだからね……、殺人光線が掛声ばかりで、空気中に導帯をつくる問題で行きなやんでいる際に、その恐るべき殺人音波、眠り音波が着々と猛威を振いはじめていたんだぜ」
「ふーん、しかし、
前へ
次へ
全12ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
蘭 郁二郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング