―、も一つこれは聞いた話なのですが矢張り十八九という若い女のポンコツがあって、検死も済んでさあバラバラになった体を集めてみたがどうも右の手が足りない、いくらその辺を数丁にも亘《わた》って調べても見当らないというのです。まさか野良犬が咥《くわ》えて行ったのでもあるまいがというので色々調べて見ましたら既に車庫に廻されていたその轢いた電車の車輪の一つを、その掌《てのひら》だけの手袋のような手で、シッカリ握っていた――実に怕《こわ》かったそうです。検車係が仕事用の軍手が置いてあるのかと思って、ひょいと取ろうとしたら関節からすっぽり抜けた若い女の掌で、その血まみれの口から真白い腱《けん》が二三寸ばかりも抜け出ていたそうで、苦しまぎれに、はっし[#「はっし」に傍点]と車輪を掴《つか》んだんでしょうがそれを取るのに指一本一本を拝むようにやっと取ったといいますから凄い話です。
 ――どうも大分横道にそれてしまいましたが……で、その夜明けのポンコツの知らせを受けて私と吉村君とそれから矢張《やは》り泊り番だった工夫の三人ばかりとで取敢《とりあえ》ずガソリンカーで現場へ出掛けたのです。そこは中央線の東中野を出て立川に行く全国でも珍らしい直線コースが立川から漸《ようや》くカーブして日野へ行く、その立川日野間のほぼ真ン中あたりというのでした。申し遅れましたが私は当時立川の詰所にいたのです。ガソリンカーといってもトロッコに毛の生えたようなものですがこれが思ったよりスピードを出すもので私たちは振り落されないようにしっかり捉《つか》まっていながら寝不足と霧雨とに悩まされてすっかり憂鬱になっていました。と工夫の一人が思い出したように
『おう、倉さんのおッかあも去年のこんな時だったじゃねえか』
 すると、
『そうよ、この先あたりだったな、あれもひどかった』
 とも一人が合槌《あいづち》を打つのです。この倉さんというのは古株の工夫で実に筋骨隆々の巨大漢、私なんか手におえないセメン袋をひょいひょいと二つも両の小脇に抱えてしまう馬鹿力を持った男で、腕ッぷしの物をいうこの仲間でも一目も二目も置かれている男です。その上ひどく酒ぐせが悪く酒を飲めば決して真直に家へかえれないという悪病をもった男で、そのために細君は彼の不為態《ふしだら》と家計の苦しさを怨《うら》んだ揚句、病みつかれていた肺病も手伝ったのでしょうか、
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