まったのです。愕くべきことです、純粋な水銀が、得体の知れぬものになってしまったのです。もっと詳しく申しましょう、この異変を最初に見つけたのは石井さんでした、硝子盆の中の一粒の水銀(マッチの頭ぐらいと思って下さい)の色が、なんだ変だといい出したのです、そして、ひょいと抓《つま》んで見せました、(水銀は表面張力が強いですから抓んだことには愕きませんでしたが)しかしその上、あら、こんなに堅くなってしまったわ、といってギュッと押潰すように抓んで見せたのですが、この水銀はびくともしないのです、しかもです、テーブルの上に落すと、その水銀はカチ、カチ、カチと堅い音をたてて弾むのです、僕がぎょっとしている間に、石井さんは手許にあった金槌《かなづち》で叩き潰してしまいました、そしてこの水銀は茶色の粉となってしまいました。なんという愕くべきことでしょう。僕はいそいで他の水銀を調べました、しかしその他の水銀には一向変化が認められません、この粉砕された一粒だけが変質しているのです。
この怪異は何を物語っているのか。……僕はこの前にお手紙した宇宙爆撃の恐怖が裏書きされたように思われます。つまりこの水銀の中の電子には、我々の地球以上の高度な科学があったのだ、そしてやがて自分たちの宇宙がこの僕によって爆撃されることを予知して、その前に、自らの力によって自分の宇宙体系を爆砕し変換せしめてしまったのではないか、そして彼等にとっては超大巨人であるこの僕の眼に、自ら変質する科学を持っていることを誇示しようとしたのではありますまいか、これは僕の考えていたことと非常によく符合しているようです(ですから僕にはそう推察がついたのです)、しかも極小の電子に住む彼等の科学力は、現在の地球人よりももっとすぐれた愕くべき破壊力を持っているようです(なぜなら、現在の地球人の科学者、しかもある特種な研究に従っている科学者でさえ、やっと地球自体を爆砕するに足るだけのエネルギーを見つけ出したばかりなのに、彼等は、僕たちで喩《たと》えれば宇宙全般に亘って強大な破壊力を発揮するような、つまり地球にいて火星や海王星を狙撃して爆砕せしめ得るような、愕くべき科学力を持っていたに相違ありません、さもなくば、僕たちにとってさえ一粒として見える位の大きさのものをさえ、そっくり変質せしめてしまうことは出来ぬ筈なのですから――)
いよいよ僕たちの番がやって来ました、僕たちはこの水銀の中の一電子にいた「人間」の方法によって(残念ながら我々にはまだその通り真似る力はありませんが)、尠くとも超大巨人の宇宙爆撃の前に、地球自らの爆砕によって太陽系という一原子を変換せしめ、超大巨人に我々の科学の存在したことを示さねばなりません、僕は極力その準備にとりかかります、きっと最後まで石井さんは、この上もなきよく助手でいてくれるでしょう、それが僕の唯一の喜びであります。(声と文字以外の感応の方法によって、生物間の意志が疎通出来る方法が見つけられてあったならば、或いは僕の爆撃しようとしている電子上の極小人間、又、我々の地球を爆撃しようとしている超大巨人と、互いに了解し合うことが出来たかも知れませんが、それは最早、今の間に合わぬことになってしまいました、同時に又、今までの方法ではどうしても打あけることの出来ない気の小さい僕は、石井さんとも了解し合うことが出来ずに終るでしょう……)
いずれにせよ、準備の方をいそぎたいと思います、又お手紙いたします。八月十六日附――。
九
この、容易ならん村尾の手紙を貰ってから半月ほどもすぎた。前に問合せて置いた石井みち子からの手紙は、毎日待ち暮しているのになかなか来ないのだ。と突然電報がやって来た。
村尾健治から木曾礼二郎あての私信電報。
――ケッコウシマス、テツヅキヨロシクタノム。九月一日附――。
木曾礼二郎は文字通り愕然とした。村尾はこの地球を爆砕しようというのか! 注意をしたのに返事もせぬ石井みち子は何をしているのだ。
地球を粉砕するというのに手続きも糞もあるものか!
木曾は、給仕を呼ぶ暇《いとま》もなく、泡をくって研究所を飛出すと、急いで郵便局に駈けつけた。
木曾礼二郎から村尾健治あて私信電報。
――マテ。アトフミ。九月一日附――。
木曾礼二郎から、石井みち子あて私信電報。
――ムラオヲ、ジッケンシツニイレルナ。アトフミ。九月一日附――。
息を弾ませた木曾が、研究所の自分の部屋に帰って来ると、郵便局に行っている間に、航空便が届けられていた。
石井みち子から木曾礼二郎あての私信。
――先日はお手紙ありがとう存じました、早速に御返事を、と思いながら色々の都合ですっかり遅れてしまい、申訳ございません、それで、遅れを少しでも取り戻そうと、この
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