、甚だあやしいものである、ということを申させて下さい、つまりここに三センチの線があれば、僕たちは一般に短い線だというでしょう、しかしそれは一センチの線に比べれば、瞭《あき》らかに三倍も長い線です、僕たちは一般にその大きさというものを考える時、同様のものの一群を考えて、それの平均と比較している習慣がついています、僕の高さは五尺二寸、だから一寸の五十二倍もあります、しかし背位《せい》は低い方です、なぜなら僕は学校の同級生と隊列を作った時に、真ン中よりも後の方になるからです、結局大きさは絶対ではありません、いつも相対的な仮りのものです、この机の厚みが一インチある、差渡しが四十センチある、或いは又高さが二尺六寸ある、つまりそれは仮りに定めた「物指《ものさし》」というものとの相対的な心覚えにしか過ぎません、僕たちは、宇宙というものを宏大無辺ということと同義語のように使って怪しみませんが、しかしその宇宙を一っ欠《か》けのビスケットと見るような、より大きな世界が、無いとは断言出来ないことではありませんか。もしその巨人が、このビスケットのかけらを細分して行ったならば、遂にはそれはビスケットではなく多くの原子になるでしょう、そしてその原子の一つは、太陽という一つの核を持ち、水星、金星、地球、火星、木星、土星、それから天王星、海王星と呼ばれている八つの電子のぐるぐる廻っている太陽系と名づけられた原子のあるのを知るかもしれません、そしてそれらの核と電子どもが、遠心力によって飛離れようとするのを、引力というものによって引寄せられ、何もない空間に固立しているような様子を興味深く観察し、ビスケットもまたそのもとをなしているものは空間である、と叫んでいるかも知れないのです、同様に、僕たちは一片のビスケットを原子にまで分解し、そしてその原子のあるものには、核が一つと、八つの電子を持ったものがあることも知っています。そしてこの原子について、もっと詳しく調べることが出来るのだったら、その電子の三番目の奴には、地球という名前がつけられていて、人間という超微生物が充満していることを知るかもしれません、そしてこの人間という超微生物は、いや、超微生物というのはやめましょう、大きいか小さいか、ましてそれが、超微小であるかなどということは僕たちの仮りの「感じ」だけの話なんですから……、とにかく原子の三番目の電子にいる「人間」は、いま高速プロトンの爆撃によって原子の(原子の中の電子に住む人間のいる原子の)変換に成功したといって、科学の勝利を謳歌しているかも知れません、しかし、なんぞ計らん、彼等の住む地球である電子が、この、磁気学研究所ボルネオ支所の村尾健治によって爆撃を喰《くら》い、彼らが永劫に安泰と信じていた球体は、原子系の中から叩き出されようとしているのです……。彼等は、そんなこととは夢にも知らず、研究し、生活し、恋愛し、闘争し、飽食し、そして又科学は吾等の手にあると誇示しているかも知れないのです、しかしながら、僕たちにとってはそのようなことはどうでもいいことです、意に介さぬことであります、水銀の八十個の惑星から一個を叩き出してしまえば、七十九個の惑星を持った金《きん》というものが得られるのです、叩き出した一個の惑星が何処に行こうとも、又その惑星の上に生活している生物がいようとも、そんなことは知ったことでないし、又現在は知るすべ[#「すべ」に傍点]もありません。
 けれどもこれは僕たちの実験室の中にある実験材料の中の原子の話、しかしこれと同様なことが、この、現に僕たちが生活している太陽系の地球についても、いえぬことでしょうか。この太陽系を含む大宇宙というちっぽけな実験材料が、超大巨人たちの物質変換実験室のテーブルの上に、今、置かれておらぬという証拠はないのです。僕たちの住むこの地球が、超大巨人の一寸した実験によって、安住の太陽系から叩き出され、崩壊してしまわぬとはいえません……。いやそればかりか、こう考えて来た僕の不安は、次のようなことによって、なお一層裏書きされるではありませんか。
 その一つは、時折、わが太陽系を襲う原因不明の強力な磁気嵐は、超大巨人がこの僕たちの宇宙に原子爆撃を試みようとしているのではないか、という事実。
 その二は、宇宙の天外より突如として得体の知れぬ大彗星の襲いかかって来る事実。これは近代になって有名なものとして数えられるだけでも、ハレー、ドナチ、モアハウス、スイフト、ダニエル……そしてその度に、この地球が、しっかりと廻転している太陽系から粉砕され放逐されようとした恐怖を御存じでありましょう。これは瞭らかに超大巨人が、我れらの太陽系を含んだ宇宙を、彼等の持つ彗星というプロトンによって爆撃し、変換せしめようと実験を繰返しているのではありますまいか。
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