来ると、木曾は、又しみじみと取りのこされた感じに襲われて来た。頭数《あたまかず》からいえば、三分の一ほどの減り方なのに、それでいて研究所全体が、ガランとしてしまったような淋しさだった。実験室で、ぼつぼつ実験に取りかかっている助手たちの姿にも、気のせいか一向に意気が上らないようにも思われた。
これではいけない、と思う一方、木曾自身にも残った所員たちの気持がわかるような気もし、強《し》いて注意を与える気にもなれなかった。これは支所行きの人選を、極く内々ではあったけれど、自分がしたのだという負《ひ》け目のようなものもあったし、それと同時にはまた、そのためには自分が残ってよかったという安堵に似たものもあった。木曾は、ガランとした実験室で、黙々として報告書の方眼紙に、実験特性曲線をマークしている残留所員たちの後姿を、黙って見つめていた。そしてたまに所員が自分の意見を求めて来た時などには、自分でも愕くほど大きな声を出したり、わざと笑って見せたりするのだった。
ボルネオ支所から、出発後二ヶ月目も終ろうとする頃になって、はじめての私信が届けられた。
石井みち子から木曾礼二郎あての私信。
――ご無沙汰いたしました。出発の際にはわざわざお見送り下さいまして恐れ入りました。もっと早く、お手紙いたしたかったのですが、馴れぬ土地にはじめての旅、しかも始終仕事のことを考えていなければなりませんでしたため、遅れてしまって申訳ございません、お許し下さいませ。
けれども、出先きの方々の御尽力で、思いのほか順調にまいり、当研究所ボルネオ支所の仕事ももうぽつぽつ始められるようになりましたからどうぞ御安心下さいませ。マングローブの繁るボルネオをはじめて見ました時は、なんとも口では申し上げられません気持でした、当支所はポンチャナクからカプアス河を、薪をたく川蒸気に乗って四日目につくシンタンの近くにございます、四月と十月の季節風交替期のほかは雨も少く健康地だといわれましたけれど、ほんとうに、こんなに住みよい所とは思いませんでした、地を蔽う熱帯樹林は、類人猿の住家《すみか》だそうでございますが、まだ、この眼で見る機会はございません、ダイヤ族の首狩も、ダイヤ族は島の奥におりますそうですし、私たちには関係もなさそうでございます、(あまり関係があっては困りますけど)。とにかく一同とても元気だということをお伝
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