「うん、しかしあれはまだ正体がハッキリしていないんだよ、だが、植物のあることだけは突止められている。火星には空気もあり、しかもそれは酸素を多く含んでいる。酸素は活溌な元素なのにそれが自然に遊離しているからには植物があるに違いない――というわけさ、その上火星の夏には青々としていた所が、秋になると次第に黄ばんで来る、これは其処《そこ》に植物が繁茂している証拠だといっていいだろうね」
「ちょっと、ややっこしくなって来ましたね」
「ややっこしいもんか、とても面白いじゃないか、こんな風に、たしかに植物が生えているっていうのは、あとにも先きにもこの地球以外には火星だけしかないんだからね」
「成程ね、でも太陽からは遠いし、ひどく寒いんじゃないんですか」
「そりゃ寒いだろう。しかしこの地球だって年中氷にとざされている南極にも、ペンギン鳥のような生物がちゃんと生きているんだからね。寒さに耐える生物がいるんだろう……、もっとも火星の生物は植物にしても動物にしても、地球のものとはまるで違っているかも知れないけど」
「そりゃそうでしょう、進化の途《みち》が全然違うんですからね」
「うん、そしてこんなことも考えられるんだ、――地球の人間は、動物が進化してここまで来た、しかし火星の人間は、動物ではなくて、植物が進化して我々よりももっともっと進化した火星人になっているかも知れない、とね」
「…………」
 英二は気味悪そうにあたりの草木を見廻した。草や木が人間のように進化した姿など、考えてみただけでも無気味だった。
「しかし、どっちにしたって動物でも植物でも、地球よか歴史が古いだけに、ずっと進化しているに違いないね、例えば火星にも栗の木とか柿の木とかそういったものがあるとすれば、丁度こんな風に見事に……」
 そこまでいった大村昌作は、ギョッとしてそのまま立ち竦《すく》んでしまったのである。
 英二も、硬張った横顔で、眼ばかりギョロギョロと動かしていた。
 何時の間にか二人は、何んとも、得体の知れぬところに、迷いこんでしまっていたのである。
 秋の陽は、澄み切った青い空からあたり一面に、サンサンと万遍なく降り灑《そそ》いでいる――だから夢ではない。
 いや、つい先刻《さっき》、こうやって二人連でぶらぶら話しながらやって来て今まで、溝一つ飛越えた覚えはない――だから此処《ここ》は、現実と飛離れた別
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