うや、如何《いかが》です?」
その男は、落着いた、幅のある声であった。
「何処、でしょうか。あまり時間もないんですが――」
「いや、ついこの先きですよ、ほんの荒屋《あばらや》ですが」
「そうですね」
大村は、一寸英二の顔を見かえして
「そうですか、じゃ一寸お邪魔しましょうか……」
その男は、もう大村たち二人が、来るものと決めてしまっているように、先に立ってすたすたと歩き出していた。
火星の魔術師
そして、また例の化物畠のわきを通り抜け、その向うのこんもりと茂った常磐木《ときわぎ》の森の中の道を行くと、すぐ眼の前が展《ひら》けて、其処に、その森を自然の生垣にした一軒の藁葺《わらぶき》の農家が、ぽつんと建っていた。
案内されるままについて行くと、その藁葺の農家は、なかはすっかり洋風に造りかえられてあって、椅子やテーブルが設《しつら》えてある。ちょっと地方の新しがり屋――といったような感じの部屋だった。尤もそれはほんの最初だけの感じであって、すぐそんな上滑《うわすべ》りの気持は棄てなければならなかったけれど……。
志賀健吉と名乗るその男は、こうして見ていると、初め中年と思っていたのは間違いで段々若くなって来るように思われる。もしかすると大村と同じぐらいではないか、とすら思われて来た。
「早速ですが、さっきのお話の……」
大村は、それだけいって、口を噤《つぐ》んでしまった。
この、異様な火星の果実に取りかこまれた中の一軒家に思いもかけなかった少女が、しとやかにお茶を運んで来てくれたからである。――それは、さっきから妙なものばかり見つけていたせいか、水際だった美しさに、突然ぶつかった感じだった。
「いらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
「はあ、どうも……、突然|上《あが》りまして」
「いいえ、兄はいつも退屈しておりますから、きっと無理にお誘いしたのでございましょう。今日は、丁度菊も咲きましたし……」
「はあ――?」
大村と英二が思わず顔を見合せてしまったのは、つい庭先の、遅咲きの向日葵《ひまわり》だとばかり思っていた大輪の花が、そういわれて見れば如何《いか》にも菊に違いないことだった。こんな巨大な花など見たこともなかった。
これもまた、長い進化を重ねた『火星の花』であろうか――。
けれど、進化とはただ形だけが大きくなることではない――その物
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