又は尚歌堂といへり。人となり、内に豪気を負ひ、志操堅実にして清廉、外は温厚優雅の風姿あり。平生読書を好み、小閑あれば即ち巻を放たず。学は仏、儒、老、荘、国典等に渉りしが、就中、唯識、六国史、万葉集、古今集、韻鏡等に精通せり。説教を善くし、又特に遊説の弁に長ず。その人を説くや、徐ろに種種旁系の問題を出して対者をして先づ所感を言はしめ、討究数次の間、おのづからわが言はんとする主要の意見を却て対者をして言はしむるに及び、徹頭徹尾我は之を賛ずるの位地に立つが故に、毫も他を不快ならしむることなく、よく悦服随喜せしむるを得たりと言ふ。父が維新前後の事功は、私欲に澹泊にして公事に熱烈なる稟性と、この温顔善弁の徳とに由るならんか。さはれ、軽薄なる世情に対しては、時に痛憤の抑へ難きものやありけん、みづからの嗔恚を戒めらるる歌の此集に多きを見れば、父はまた克己の心を修めて内に善く忍ぶの人なりけらし。また、さばかり他人に対して善く忍び給ひし父の、折にふれて、子等に向ひ激怒を発せられしは、我等の放逸なる性精を矯めんとの御心《みこころ》しらひなりけんと思ふに、かへすがへすもかたじけなし。
一、父は若狭国高浜の専
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