を思ふまことは月にこそあれ

物おもふ秋の夜頃は草の虫ねに出でてこそ老も泣かまし

守《も》るとては心なやます身を捨てて西へや月に伴はれなん

秋ふけてみ山もさやに小竹《しぬ》の葉のさやぐ霜夜を独ぬるかな

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明治三十年六月十七日、山階宮晃親王殿下の、若宮菊麿王殿下おなじく御息所と共に、わが清閑寺に成らせ給ひ、日もすがら物語らせ給ひける忝さに。
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夏草の露の庵ゆゑみ車を無礼《なめ》くも今日は濡しつるかな

ほととぎす初音にそへて大王《おほぎみ》にたてまつらまし清き山かぜ

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秋野。
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いざ行かん露もつ尾花をみなへし目うつりのよき野辺の秋見に

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武人。
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おほぎみの御楯《みたて》となるを待ち申す命は早くたてまつりつつ

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失題。
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かつは笑みかつは怒りみ世の中は童《わらは》ごとして経るにこそあれ

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相聞十二首。
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夜日《よひ》となく人の見ぬ間の面杖《つらづゑ》は恋に心のかたぶけばつく

しのびこしその愛《かな》しきを外《と》に立てていを寝んものか母は知るとも

韓《から》くにの虎にのるべき益荒夫も肝ぞとらるる恋のやつこに

年を経ておき旧《ふる》したる菅笠の乱れし恋はつかね緒も無し

おもひ寝の夢にのみみて垂乳根の母のゆるさぬ恋をこそ祈れ

命だに死ぬには如かじ顕れば身のいたづらになりもこそすれ

つれなさの人の心に懲りながら思ひやまぬは夕ぐれの空

狭莚《さむしろ》に袖かたしきて吾妹子とながめし月は夢にぞありける

さもこそはとけて逢ふ夜の稀ならめ心をさへに隔てつるかな

結びつぐ人し無からば片糸はいかによるとも甲斐なからまし

物もひに痩せこそまされ憂き人のつらさは我に現れにけり

別れゆく今朝の姿を見ざりせば妹にこころを留めざらまし

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明治三十年の冬、周防国徳山なる照幢の許に遊びにまかりて、そこに年を迎へて。
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ふたもとの年の門松いはへいはへひともとは君ひともとは親

世を知らぬ老が今朝くむ水にすら若してふ名は憎《にく》からぬかな

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おなじ年の春、徳山にありて、金子正煥の六十の賀に。
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人の世の六十路は越えつ身の憂きを遁れて遊べ花鳥のうへに

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おなじ頃。
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山落つる水を田に引き牛入れて都濃《つの》の里びと苗代づくる

のどけしな野寺の鐘の音さへもほのかに霞む花の夕ぐれ

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またおなじ頃、何となく身の終りの思はれければ。
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月花にうかれつくして身の果は露のかをりに骨も清《きよ》けん

何くれと世に言挙《ことあげ》はせしかども物言はぬ身と今ぞなりなん

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この夏、雨の久しく降らねば。
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沖辺より西南風《ひかた》ふくらし南の海日にけに川の水の涸れゆく

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おなじ夏、長くわづらひて徳応寺に打臥すほど。
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暑き日もわが臥す床の涼しきはこの竹蔭《たかかげ》のあればこそあれ

口鬚《くちひげ》も髪もけづらじ天地の世に生みいでし心まかせに

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辞世。
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(寛いふ。父の病おもりぬと聞きて、大圓は京より、寛は東京より下りしに、八月十六日の午後三時頃、父は寛に扶けられて起き直り、大圓、照幢その妻彌壽子などを床の辺に居させて、わが命も今日は限ぞ、もろともに別の歌よまんと言ひて、次の歌どもを口授し給ひ、また子等の詠み出でつる歌をも聞きて打笑まれしが、十七日の午前三時ばかりに、念仏の声かすかになりて安らかに息はて給ひき。)
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なにかわれ言挙《ことあげ》はせん天地の足りそなはれる中《なか》に死ぬとて

鷲の山まよひ出でし折は忘れしか月見てかへる秋は来にけり

花と言へば身の終るまでなぐさみぬ来ん世のかをり俤《おもかげ》にして

生けるほどは花に眠りて過《すぐ》しけり今日さめゆ
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