ずしく午睡《ひるね》して聞きごころよきひぐらしのこゑ

ひぐらしのうつくしよしと鳴くなへに野に来て見れば千草花咲く

かへりこぬあたら月日をいたづらに過すは我と山のひぐらし

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
虫三首。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

夕かけて桐の木蔭に虫ぞ啼く落ちし一葉《ひとは》やおどろかしけん

ふぢばかま尾花折りそへ帰る野のうしろに啼ける蟋蟀《こほろぎ》のこゑ

露の野に啼くきりぎりすきりきりと管《くだ》巻くもあり機織るもあり

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
森田昌房と、大原に鹿を聞きにまかりて。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

声きけばあはれせまりてさ男鹿は角《つの》あるものと思はれぬかな

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
上田重女の身まかりて四十九日の忌に。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

消ゆと見て歎きはせしかしら露の玉は蓮《はちす》に結びかへけん

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
明治二十八年十一月二十五日、西賀茂の神光院にまかりける時、路の辺の墓を見て。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

誰か世に生き残るべき墳墓《おくつき》の古きを見れば涙ながるる

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
明治二十九年九月二日、妻初枝の身まかりければ。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

おくれじと思ひもあへぬ妻わかれ我を残していづち行きけん

明日しらぬ老が行方を歎くかなあはれ今年は妻なしにして

えにしありておなじ宿守るきりぎりす影だに見えず声も聞えず

今朝《けさ》は家に見えねばさびし子の為にその垂乳根《たらちね》の母の面影《おもかげ》

いささめの雲隠れとは思へども見えねばさびし秋のかりがね

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
その喪に籠りけるほど。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

秋の日もうらさび暮し夜《よる》は唯いきつぎ明す身にこそありけれ

臥しかねて秋の夜寒にくるしむは壁なる虫と床《とこ》の上《うへ》のわれ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
その忌の終る日。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

身まかりて四十日《よそか》九日《ここのつか》わが妻の潔斎《いもゐ》もあはれ今日かぎりかな

世にあれば怨言《かごと》も言へど亡き後の妻屋を見れば悲しとぞ思ふ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
またの年の秋も更けて。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

千とせもと契りし人はなくなりて一人も聞くか荻の夕風

なにゆゑに涙のもろき我ならん月見る毎に眸《まみ》のしめれる

山松の梢を月ははなれけりなどか我身の世に曇るらん

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
明治三十一年の秋。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

妹にわかれ三とせ著ふるす古ごろも肩のまよひを縫ふ人も無し

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
折にふれて。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

人ごとに貴《たか》き卑しき品はあれど命の種《たね》によしあしは無し

さがなくも人は言ふともよしゑやし我は黙《もだ》して事なくぞ経ん

否も諾《う》もわれは辞《いら》へじかにかくに人の心は人に任せめ

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
画讃。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

ゑらゑらにうたぐるばかり酔へる人声《こわ》づくりして首のみぞ振る

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
山家。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

巌高き山のほそ路つづら折わが松の戸を覓《と》めくるや誰

[#ここから3字下げ、1行20字組みで]
歌の中山に移り住みて詠める、くさぐさの歌。
[#ここで字下げ、20字組み終わり]

事しげき憂き世のがれて隠れ栖む巌秀《いはほ》もおなじ天地の中《うち》

事しげき都は常に見わたせどうき世の塵をはらふ山かぜ

わが住める山の峡《かひ》より見わたせば都は雲の下《した》にぞありける

山科《やましな》を越ゆるあらしの音づれにこたへて動く庭の柴垣

隠れ栖む宇多の中山なかなかに身を捨ててこそ世は知られけれ

汲むほどは足らぬ日もなし巌間水《いはまみづ》すみよかりけり歌の中山

住む庵は歌の中山おくまへて入らまほしきは敷島の道

門《かど》に立つ古りし榎に栖む鳥の朝啼く声にわが目さますも

たのまれぬ老が命をおもふにも今年は花の惜まるるかな

柴の戸をおほふ高嶺のしら雲はいつ紫の雲にかはらん

ひとり栖む山を静けみ真木の戸もささで白める月を見るかな

忘るなよ七十路こえて馴れし月かげこそ老が目には疎《うと》けれ

初尾花そよげば老がそら目にもとまりて涼し秋の初風

訪ひきても人は帰れどわび人
前へ 次へ
全20ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
与謝野 礼厳 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング