賀に。
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七十路の歳にたわまぬ猛男《たけを》には老の奴《やつこ》も怖ぢおそるらん

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酒。
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須須許理《すすこり》が世に醸《か》みそめしことなぐしほど過《すぐ》さずば事やなからん

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水車。
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ゆくりなくうき世につれてめぐるらん水におさるる井出の小車

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天田鐵眼の髪おろして林丘寺に入りし時。
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入りて見よ心のおくに何かあらん山や山なる水や水なる

水のいろ香もなき雲の身にしむは世に静なる人にこそよれ

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わが尚絅といふ名は、若かりし日に、国学の師八木立禮大人の詩経より撰びて賜ひけるなり。
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つたなさに上《うへ》に襲《おすひ》は掩へども下《した》に錦を著ぬがはづかし

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鳥羽重義の六十の賀に寄松祝といふことを。
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今年よりうき世のがれてしげれ松千とせは己が齢とぞ聞く

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河内国花田の里の愛染院に宿りて。
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立ちのびて照る日ささふる蔭もよしやがて穂に出ん麦の下窓

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大和国八木の里にまかりし時。
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秋涼し天の香山《かぐやま》夜あくれば耳無《みみなし》かけて白き霧立つ

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東山西大谷を過ぎて。
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古塚の苔の上《うへ》しろく露おきて宿るも清し有明の月

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山階宮の御歌会に、虫を。
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荒れはてし壁のくづれの柱根《はしらね》におなじ夜寒《よさむ》のこほろぎの啼く

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秋草三首。
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異草《ことくさ》は枯れゆく秋の初霜に痩せさらぼへる犬蓼の花

咲くままに萎れざりせばなかなかに見あきやせまし朝顔の花

秋風にこころほどけて藤袴ほころびにけり著る人なしに

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秋風三首。
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草の花うつくしよしと啼く蝉の声もまじれる秋の初風

いたづらに過ぎにし世さへしのばれて秋風ふけば心さびしも

荻の葉におとづるるこそさびしけれ風は心の無しと思ふに

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雁四首。
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かりそめの世とや知るらん秋風にかりかりと啼く天つかりがね

有馬山いなの古江に雨すぎて蘆間の月に雁のおちくる

秋かぜは肌《はだへ》に寒し水門田《みなとだ》に雁の来て啼く時ちかづきぬ

淡路の海朝霧ふかし磯崎を漕ぎ廻《た》みくれば雁ぞ鳴くなる

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失題。
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著るきぬの裾も乱れず紐しめて袴の折目《をりめ》世は正しかれ

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家。
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壁草《かべくさ》に藁ぬりこめて竹ばしら茅《かや》の屋根こそ住みよかりけれ

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一乗寺の里に住みける冬。
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板葺はあなかま音におどろきて鳥も立つまで打つ霰かな

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時雨二首。
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晴れぬるか沖に青雲ほの見えてしぐれし風ぞ波に流るる

有馬山さわぐ印南野《いなの》の風《かざ》さきに笹原たたくむら時雨かな

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霜。
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磯かげや朝日も知らずおく霜は汐のさすにぞ敢へず消えゆく

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雪三首。
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見るかぎり八十島《やそしま》しろし薩摩潟沖縄かけてつもるしら雪

吹雪する黒牛潟《くろうしがた》の汐かぜに浪高からし船の寄りくる

葛城や時雨の雲の絶間よりほのかに見ゆる峰のしら雪

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明治二十五年二月五日、ふと老が身のおぼつかなさを思ひつめて痴《し》れがましく打咽び、世をも子等をも恨みなどしつつ、昼つ方より夕までに二百首ばかり詠みける中に。

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