《くき》伸ぶる見ゆ
桂川波の上《うへ》わたる夕風にひかり吹かれて飛ぶほたるかな
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文久三年長月二十九日、母の身まかりしに、都にありて臨終にもえ遇はざりけり。
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我よりも母は忘れじ旦暮《あけくれ》に乳《ち》にとりつきしをさな心を
ありし世に法のみちかひ聞きしまま来《きた》れと招く道を行きませ
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失題。
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うつせみの世ははかなしや風すらも西は東風《こち》にぞ吹きかはりぬる
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山階宮の御歌会にまかり侍りて、人、世、心、身、忠、孝、信などいふことを。
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苦むるこころの鬼の奴《やつこ》こそうき身はなれぬ影にしありけれ
心にも素直《すなほ》に身をば守らせて人といふ名を朽《くた》さずもがな
いかばかりあらぬ方《かた》にも迷はまし心まかせの世ならましかば
笛吹くも吹かずも我は獅子舞のあとに付くこそ心やすけれ
夏刈《なつがり》の麻の紵《を》がらの軽き身をわれから重くするや何ゆゑ
見るたびに花をあはれと思ふほど我身も人の思はましかば
わび人は世をひたすらにかこつかな世はまた我をいかに歎《かこ》たん
物おもひも苦みもなく片ゐざり匍ふみどり子の心ともがな
仕へたる君のこころを心にてわが身にあらぬ我身とぞ思ふ
報いずばわが物としもならざらん親のめぐみに成りし身なれば
まことなき心は言《こと》にあらはれぬ命かけても偽《いつはり》はせじ
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西行法師。
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鈴鹿山世をふりすてて妻子《つまこ》にもかへたる道に奥やありけん
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元政上人の遠忌に。
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分け入りし心や常に深草のかすみの谷の花に住むらん
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一乗寺の里に住みける頃、はた、歌の中山に移りて後も、年年に子規の啼くをめでて詠める、くさぐさの歌。
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山にゐて皐月待つ間はほととぎすわが庵にきて羽ならしせよ
ほととぎす初音なくやといたづらに今日も暮しつこの山の辺に
小柴垣いふかひもなき庵ながら山ほととぎす聞くにはよろし
汝が啼かんよすがの雨は竹に降る空頼《そらだの》めすな山ほととぎす
み山辺の老木にもがもほととぎす夏来る毎に宿して聞かな
いかばかりあはれの鳥ぞほととぎす聞く人毎に物思ひする
ほととぎす啼くとも知らで入りし山声ぞ落ちくる厳橿《いづがし》がうへに
ほととぎす初音し聞けば苗代に斎種《ゆだね》まきおろす時ぞ来にける
涙知るあはれの鳥よほととぎす物思ふ夜のあかときに鳴く
ほととぎすわが独|寝《ぬ》る床ちかく宿りては啼け妻と聞くがに
独住むみ山の月にほととぎす啼く夜しもこそさびしかりけれ
ほととぎすほのめく声は夏山の若葉に藤の花かをる頃
五月雨はさびしきものをほととぎす独聞く夜は静ごころなし
惜まれし花にもかへてうれしきは初夏山に啼くほととぎす
つらかりし昔の世さへほととぎす聞く世しもこそ思ひいでぬれ
世の中にをかしきものはほととぎす夢にまぎるるあかつきの声
ひと声になぐさめられてみ山路も越えやすかりき山ほととぎす
ほととぎす来鳴きとよもすわが庵の老木の榎こぬれしみみに
つらしとは待つ夜のかずに思ひ知る恋にも似るか山ほととぎす
啼きさして山子規わがここだしのばく知らにいづち行きけん
ほととぎす汝は前《さき》の世の何なれや幾日《いくか》啼くにもあはれと我が聞く
世に知らぬみ山の月の涼しきに子規さへなぐさめて鳴く
ほととぎすあはれの鳥と言《い》ひつつも啼かねば待たれ啼けば悲しも
ほととぎす待たねど宇多の中山は必ず来啼く雨の夕ぐれ
世を捨てし老が耳にも聞く時は山ほととぎす涙ぐましも
ほととぎす物思ふ夜はわがこころ鳥さへ知るか常ゆけに啼く
ひとりゐて黙《もだ》もあらんと思へどもまた音づるる山ほととぎす
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洛東岡崎の里に住みける頃。
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避けたれど猶世の中か韓碓《からうす》のかせぎけぢかき岡崎の里
山越しの風を時じみわが小田の夕霧ごもりかりがね啼くも
はだれたる雪かとばかり見てぞ行く月の影ちる竹の下路
引板《ひだ》かけて早稲田守るべくなりにけり穂末におもる秋の初風
草の花さきて匂へど蜩《ひぐらし》は来啼けど野辺はさびしくなりぬ
むらがりし霧は谷間にしづまりてほのぼの白む秋の野の庵
秋風の身に
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