ェ久しく沈んで灰色化《グリゼエイエ》して居るおれの LA VIE の上に近づいた一陽来復の兆《シイニユ》のやうにも思はれる。実際、一ヶ月前に妻を先きに日本へ帰らせて以来のおれは毎日のやうにまづい絵を描いて居る。勿論おれの描く物が絵になつて居やうとは全く思はない。おれは小娘がリボンや小切れを嬉しがるやうに、※[#濁点付き片仮名ヱ、1−7−84]ルミヨン、コバルト、オランジユ、とり/″\に美くしい色|布《トワル》の上へ点描《ポワンテイレエ》するのが理由もなく嬉しいのだ。
――それにあの女が大分この EXTASE を助けて居る。
おれは描き上げた甜瓜《メロン》と林檎を実物と見比べながら斯う思つて微笑みたい気分になつた。メロンは一昨日描いたのよりも円味が出て居る。林檎は可なり実物に近い色になつた。
静まり返つて居た梯子段《エスカリエ》の沈黙を破つて、洞の底からでも昇るやうな気はひで階また階をつたつて来た靴音が突然おれの部屋の前で止まつた。おれは誰れか同国人が訪ねて来たんだと思つて、絵を画架のまヽ裏向けて隠すやうにして壁の方へ寄せた。
――どなた。
――わたしよ、ARMANDE《アルマ
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