抽出《ひきだし》には来月生れると云ふ小児《こども》の紅木綿の着物や襁褓《むつき》が幾枚か出て来た。次の間から眺めて居た美奈子は堪《こら》へ兼ねてわつ[#「わつ」に傍点]と泣き伏した。何も知らぬ腹の中の児《こ》迄が世に出ぬ先から既に着るべき物を剥《は》がれて行《ゆ》くのが母親の心に何《ど》れ丈悲しい事であらう。
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
『おい、然《そ》う感動するな。平気で居《を》れ。身体《からだ》に障《さは》るから。』
[#ここで字下げ終わり]
執達吏は其の産衣《うぶぎ》をも襁褓《むつき》をも目録に記入した。何物をも見|逃《のが》さじとする債権者の山田は押入《おしいれ》の襖子《からかみ》を開けたが、其処《そこ》からは夜具《やぐ》の外に大きな手文庫が一つ出て来た。文庫の中には保雄と美奈子の十年前の恋の手紙が充満《いつぱい》収めてある。保雄は焚《や》いて仕舞はうと言つた事もあつたが、美奈子は良人《をつと》と自分との若い血汐も魂《たましひ》も元気も皆|之《これ》に籠《こも》つてあると思つて、如何に二人が貧苦に痩せ衰へても、又如何に二人が襤褸《ぼろ》を下《さ》げて生活《くら
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