けた事の無いのは友人が皆不思議がつて居る。彼は一月《ひとつき》前迄費用の掛らぬ市外の土地を撰《えら》んで六円五拾銭の家賃の家に住んで居た。彼は何等の極《きま》つた収入も無い身の上だ。是《これ》が小説家であるなら今時|駆出《かけだ》しの作家でも一箇月に三拾円や五十円は取るのだもの、文壇の人に成つて拾年以上も経て居る。保雄が毎|月《げつ》の生活《くらし》に困る様な事も無からうが、新体詩は然《さ》う買つて呉れる所も無いから保雄の方でも自分から進んで売らうとは仕無《しな》い、偶《たまた》ま雑誌社からでも頼まれゝば書くが、其《それ》とても一週間近く掛つて苦心した作が新聞小説家の一回分の稿料の半分にも成るのぢや無い。で保雄はいつも貧乏で加之《おまけ》に高利貸の催促に苦《くるし》められて居る。
保雄の妻美奈子は有名なる歌人だ。もとは大坂の町家《ちやうか》の娘で芝居の変《かは》り目には両親《ふたおや》が欠かさず道頓堀へ伴《つ》れて行《ゆ》く程であつたが、保雄の妻と成つて以来《このかた》良人《おつと》と一緒に貧しい生活に堪へて里家《さと》から持つて来た丈の衣類は皆子供等の物に縫ひ換へ、帯と云ふ帯は皆売払
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