しがほや瓜《うり》ひとめぐり嗅《か》ぎても徃《い》ぬる

才《さい》なさけ似ざるあまたの少女見むわれをためしに引くと聞くゆゑ

わが恋はいさなつく子か鮪《しび》釣りか沖の舟見て見てたそがれぬ

白きちさき牡丹おちたり憂かる身の柱はなれし別れの時に

星よびて地にさすらはす洪量《こうりやう》の人と思ふに批《ひ》もうちがたき

花に見ませ王《わう》のごとくもただなかに男《を》は女《め》をつつむうるはしき蕋《しべ》

在《ま》さぬ二夜《ふたよ》名しらぬ虫を籠《こ》に飼ひぬ寝がての歌は彼れに聞きませ

耳かして身ほろぶ歌と知りたまへ画ならばただに見てもあるべき

ややひろく廂《ひさし》だしたる母屋《もや》づくり木の香にまじるたちばなの花

祭の日|葵橋《あふひばし》ゆく花がさのなかにも似たる人を見ざりし

精好《せいがう》の紅《あけ》としら茶の金襴《きんらん》のはりまぜ箱に住みし小皷《こつゞみ》

杉のうへに茅渟《ちぬ》の海見るかつらぎや高間《たかま》の山に朝立ちぬ我れ

八月や水蘆《みづあし》いとうたけのびてわれ喚びかねつ馬あらふひと

夕かぜの河原へ出づる小桟橋《こさんばし》いそぎたまふにまへざし落ちぬ

眉つくるちさき盥に水くみて兎あらふを見にきまさぬか

今日《けふ》みちて今日たらひては今日死なむ明日《あす》よ昨日《きのふ》よわれに知らぬ名

木曾の朝を馬子《まご》も御主《おしゆう》も少女笠《をとめがさ》鞍《くら》に風ふくあけぼの染に

月あると同車いなみしとが負ひて歌おほくよむ夜のほととぎす

むらさきの蓮《はす》に似ませる客人《まろうど》や荷葉《かえふ》の水に船やりまつる

蚊やりしばし君にゆだねしけぶりゆゑおぼろになりし月夜と云ひぬ

紅《べに》しぼり緋むくなでしこ底くれなゐ我にくらべて名おほき花や

わが命《めい》に百合からす羽の色にさきぬ指さすところ星は消ぬべし

夕粧《ゆふげは》ひて暖簾《のれん》くぐれば[#「くぐれば」は底本では「くぐれは」]大阪の風|簪《かざし》ふく街にも生ひぬ

五月晴《つゆばれ》の海のやうなる多摩川や酒屋の旗や黍《もろこし》のかぜ

高つきの燭《しよく》は牡丹に近うやれわれを照すは御冠《みかむり》の珠

欠くる期《ご》なき盈つる期《ご》あらぬあめつちに在りて老いよと汝《な》もつくられぬ (秀を生みし時)

たなばたをやりつる後《のち》の天の川しろうも見えて風する夜かな

蓮《はす》きると三寸とほき花ゆゑにみぎはの人のさそはれし舟

憂ければぞ爪《つめ》に紅《べに》せぬ夕ぐれを色は問はずて衣《きぬ》もてまゐれ

舟にのれば瓔珞《えうらく》ゆらぐ蓮《はす》のかぜ掉のひとりは袞竜《こんりよう》の袖

しら蓮や唐木《からき》くみたる庭舟《にはぶね》に沈《ぢん》たきすてて伯父の影なき

われを問ふやみづからおごる名を誇る二十四|時《とき》を人をし恋ふる

ここすぎて夕立はしる川むかひ柳|千株《せんしゆ》に夏の雲のぼる

水浴《みあ》みては渓の星かげ髪ほすと君に小百合の床をねだりし

百合がなかの紅百合《べにゆり》としものたまふやをかし二人《ふたり》の君が子の母

誰れが子かわれにをしへし橋納凉《はしすゞみ》十九の夏の浪華《なには》風流《ふうりう》

露の路畑をまがれば君みえず黍《もろこし》の穂にこほろぎ啼きぬ

鳥と云はず白日《はくじつ》虹のさす空を飛ばば翅《はね》ある虫の雌雄《めを》とも

夏の日の天日《てんじつ》ひとつわが上《うへ》にややまばゆかるものと思ひぬ

百間《ひやくけん》の大き弥陀堂ひとしきり煙みなぎり京の日くれぬ

夕されば橋なき水の舟《ふな》よそひ渡らば秋の花につづく戸

母屋《もや》の方《かた》へ紅《あけ》三丈の鈴の綱《つな》君とひくたび衣《きぬ》もてまゐる

君やわれや夕雲を見る磯のひと四つの素足《すあし》に海松《みる》ぶさ寄せぬ

里ずみに老いぬと云ふもいつはりの歌と或る日は笑めりと思《おぼ》せ

きざはしの玉靴《たまぐつ》小靴《をぐつ》いでまさずば牡丹ちらむと奏《さう》さまほしき

恋しき日や侍《さも》らひなれし東椽《とうえん》の隅のはしらにおもかげ立たむ

ほととぎす岩山みちの小笹《をざゝ》二町|深山《みやま》といふにわらひたまひぬ

あやにくに虫歯《むしば》[#ルビの「むしば」は底本では「むしは」]病む子とこもりゐぬ皷きこゆる昼の山の湯

君によし撫でて見よとて引かせたり小馬ましろき春の夕庭

花とり/″\野分の朝にもてきたる十人《とたり》の姿よしと思ひぬ

七《なゝ》たりの美《び》なる人あり簾して船は御料《ごりやう》の蓮きりに行く

かしこうて蚊帳に書《ふみ》よむおん方にいくつ摘むべき朝顔の花

ふるさとやわが家《や》君が家《や》草ながし松も楓《かへで》もひるがほの花

ほととぎす山門《さんもん》のぼる兄のかげ僧服《そうふく》なれば袖しろうして

よき箱と文箱とどめていもうとは玉虫飼ひぬうらみ給ふな

この恋びとをしへられては日記《にき》も書きぬ百合にさめぬと画蚊※[#「巾+厨」、第4水準2−8−91]《ゑがや》に寝《ね》ぬと

水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな

春の池|楼《ろう》ある船の歩み遅々《ちゝ》と行くに慣れたるみさぶらひ人

夏花は赤熱《しやくねつ》病める子がかざしあらはに歌ひはばからぬ人

伯母《をば》いまだ髪もさかりになでしこをかざせる夏に汝《な》れは生れぬ (弟の子の生れけるに夏子と名をえらみて)

行く春にもとより堪へぬうまれぞと聞かば牡丹に似る身を知らむ

妻と云ふにむしろふさはぬ髪も落ちめやすきほどとなりにけるかな

われに遅れ車よりせしその子ゆゑ多く歌ひぬ京の湯の山

夕かぜや羅の袖うすきはらからにたきものしたる椅子ならべけり

わが愛づる小鳥うたふに笑み見せぬ人やとそむき又おもひ出ず

かへし書くふたりの人に文字いづれ多きを知るや春の染紙《そめがみ》

われぼめや十方《じふぱう》あかき光明のわれより出でむ期《ご》しるものゆゑ

ふりそでの雪輪《ゆきわ》に雪のけはひすや橋のかなたにかへりみぬ人

かけものゝ牛の子かちし競馬《けいば》のり梅にいこふをよしと思ひぬ

酒つくる神と注《ちう》ある三尺の鳥居のうへの紅梅の花

われにまさる熱えて病むと云ひたまへあらずとならば君にたがはむ

菜の花のうへに二階の障子《さうじ》見え戸見え伯母見えぬるき水ふむ

あやまちて小櫛《をぐし》ながしゝ水なればくぐるは君が花垣なれば

河こえて皷《つゞみ》凍らぬ夜をほめぬ千鳥なく夜の加茂の里びと

鹿《しゝ》が谷尼は磬うつ椿ちるうぐひす啼きて春の日くれぬ

くれなゐの蒲団かさねし山駕籠に母と相乗る朝ざくら路

あゝ胸は君にどよみぬ紀の海を淡路のかたへ潮わしる時

まる山のをとめも比叡の大徳《だいとこ》も柳のいろにあさみどりして

法華経の朝座《あさゞ》の講師《かうし》きんらんの御袈裟《みけさ》かをりぬ梅さとちりぬ

いでまして夕むかへむ御轍《みわだち》にさざん花《くわ》ちりぬ里あたたかき

歌よまでうたたねしたる犯人《ぼんにん》は花に立たせて見るべかりけり

うれひのみ笑みはをしへぬ遠《とほ》びとよ死ねやと思ふ夕もありぬ

御供養《みくやう》の東寺《とうじ》舞楽《ぶがく》の日を見せて桜ふくなり京の山かぜ

金色《こんじき》のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

紅梅や女《をなご》あるじの零落《れいらく》にともなふ鳥の籠かけにけり

大木《たいぼく》にたえず花さくわが森をともに歩むにふさふと云ひぬ

しろ百合と名まをし君が常夏《とこなつ》の花さく胸を歌嘆《かたん》しまつる (とみ子の君に)

審判《さばき》の日をゆびきずくるとげにくみ薔薇《ばら》つまざりし罪とひまさば

山の湯や懸想《けさう》びとめく髪ながの夜姿《よなり》をわかき師にかしこみぬ

廊馬道《らうめどう》いくつか昨夜《よべ》の国くればうぐひす啼きぬ春のあけぼの

こゝろ懲りぬ御兄《みあに》なつかしあざみては博士得ませと別れし人も

うへ二|枚《まい》なか着《ぎ》はだへ着《ぎ》舞扇はさめる襟の五ついろの襟

きよき子を唖とつくりぬその日より瞳なに見るあきじひの人

人《ひと》春秋《はるあき》ねたしと見るはただに花|衣《きぬ》に縫はれぬ牡丹しら菊

女《め》さそひし歌の悪霊《あくりやう》人生みぬ髪ながければ心しませや

春の夜の火かげあえかに人見せてとれよと云へど神に似たれば

明けむ朝われ愛着《あいぢやく》す人よ見な花よ媚ぶなと袋に縫へな

にくき人に柑子《かうじ》まゐりてぬりごめの歌問ふものか朝の春雨

よしと見るもうらやましきもわが昨日《きのふ》よそのおん世は見ねば願はじ

酔ひ寝ては鼠がはしる肩と聞き寒き夜|守《も》りぬ歌びとの妻

手《た》ぢからのよわや十歩《とあし》に鐘やみて桜ちるなり山の夜の寺

兼好を語るあたひに伽羅たかむ京の法師の麻の御《み》ころも

かくて世にけものとならで相逢ひぬ日てる星てるふたりの額《ぬか》に

春の夜や歌舞伎を知らぬ鄙びとの添ひてあゆみぬあかき灯の街

玉まろき桃の枝ふく春のかぜ海に入りては真珠《しんじゆ》生むべき

春いそぐ手毬ぬふ日と寺々《てら/″\》に御詠歌《みえいか》あぐる夜は忘れゐぬ

春の夜はものぞうつくし怨《ゑん》ずると尋《ひろ》のあなたにまろ寝の人も

駿河の山百合がうつむく朝がたち霧にてる日を野に髪すきぬ

伽藍すぎ宮をとほりて鹿《しか》吹きぬ伶人《れいじん》めきし奈良の秋かぜ

霜ばしら冬は神さへのろはれぬ日ごと折らるるしろがねの櫛

鬼が栖むひがしの国へ春いなむ除目《ぢもく》に洩れし常陸ノ介と

髪ゆふべ孔雀の鳥屋《とや》に横雨《よこあめ》のそそぐをわぶる乱れと云ひぬ

廊ちかく皷《つゞみ》と寝ねしあだぶしもをかしかりけり春の夜なれば

集《しう》のぬしは神にをこたるはした女か花のやうなるおもはれ人か

さは思へ今かなしみの酔ひごこち歌あるほどは弔ひますな

   君死にたまふことなかれ
     旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃《やいば》をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。

堺《さかひ》の街のあきびとの
旧家《きうか》をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。

君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獣《けもの》の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深ければ
もとよりいかで思《おぼ》されむ。

あゝをとうとよ、戦ひに
君死にたまふことなかれ、
すぎにし秋を父ぎみに
おくれたまへる母ぎみは、
なげきの中に、いたましく
わが子を召され、家を守《も》り、
安《やす》しと聞ける大御代も
母のしら髪はまさりぬる。

暖簾《のれん》のかげに伏して泣く
あえかにわかき新妻《にひづま》を、
君わするるや、思へるや、
十月《とつき》も添はでわかれたる
少女ごころを思ひみよ、
この世ひとりの君ならで
あゝまた誰をたのむべき、
君死にたまふことなかれ。

   恋ふるとて

恋ふるとて君にはよりぬ、
君はしも恋は知らずも、
恋をただ歌はむすべに
こころ燃え、すがた※[#「やまいだれ+瞿」、第3水準1−88−62]せつる。

   いかが語らむ

いかが語らむ、おもふこと、
そはいと長きこゝろなれ、
いま相むかふひとときに
つくしがたなき心なれ。

わが世のかぎり思ふとも、
われさへ知るは難からし、
君はた君がいのちをも
かけて知らむと願はずや。

夢のまどひか、よろこびか、
狂ひごこちか、はた熱か、
なべて詞に云ひがたし、
心ただ知れ、ふかき心に。

  
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