むひがしの国へ春いなむ除目《ぢもく》に洩れし常陸ノ介と

髪ゆふべ孔雀の鳥屋《とや》に横雨《よこあめ》のそそぐをわぶる乱れと云ひぬ

廊ちかく皷《つゞみ》と寝ねしあだぶしもをかしかりけり春の夜なれば

集《しう》のぬしは神にをこたるはした女か花のやうなるおもはれ人か

さは思へ今かなしみの酔ひごこち歌あるほどは弔ひますな

   君死にたまふことなかれ
     旅順口包囲軍の中に在る弟を歎きて

あゝをとうとよ、君を泣く、
君死にたまふことなかれ、
末に生れし君なれば
親のなさけはまさりしも、
親は刃《やいば》をにぎらせて
人を殺せとをしへしや、
人を殺して死ねよとて
二十四までをそだてしや。

堺《さかひ》の街のあきびとの
旧家《きうか》をほこるあるじにて
親の名を継ぐ君なれば、
君死にたまふことなかれ、
旅順の城はほろぶとも、
ほろびずとても、何事ぞ、
君は知らじな、あきびとの
家のおきてに無かりけり。

君死にたまふことなかれ、
すめらみことは、戦ひに
おほみづからは出でまさね、
かたみに人の血を流し、
獣《けもの》の道に死ねよとは、
死ぬるを人のほまれとは、
大みこゝろの深け
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