ほととぎす山門《さんもん》のぼる兄のかげ僧服《そうふく》なれば袖しろうして

よき箱と文箱とどめていもうとは玉虫飼ひぬうらみ給ふな

この恋びとをしへられては日記《にき》も書きぬ百合にさめぬと画蚊※[#「巾+厨」、第4水準2−8−91]《ゑがや》に寝《ね》ぬと

水にさく花のやうなるうすものに白き帯する浪華の子かな

春の池|楼《ろう》ある船の歩み遅々《ちゝ》と行くに慣れたるみさぶらひ人

夏花は赤熱《しやくねつ》病める子がかざしあらはに歌ひはばからぬ人

伯母《をば》いまだ髪もさかりになでしこをかざせる夏に汝《な》れは生れぬ (弟の子の生れけるに夏子と名をえらみて)

行く春にもとより堪へぬうまれぞと聞かば牡丹に似る身を知らむ

妻と云ふにむしろふさはぬ髪も落ちめやすきほどとなりにけるかな

われに遅れ車よりせしその子ゆゑ多く歌ひぬ京の湯の山

夕かぜや羅の袖うすきはらからにたきものしたる椅子ならべけり

わが愛づる小鳥うたふに笑み見せぬ人やとそむき又おもひ出ず

かへし書くふたりの人に文字いづれ多きを知るや春の染紙《そめがみ》

われぼめや十方《じふぱう》あかき光明のわれより出でむ期《ご》しるものゆゑ

ふりそでの雪輪《ゆきわ》に雪のけはひすや橋のかなたにかへりみぬ人

かけものゝ牛の子かちし競馬《けいば》のり梅にいこふをよしと思ひぬ

酒つくる神と注《ちう》ある三尺の鳥居のうへの紅梅の花

われにまさる熱えて病むと云ひたまへあらずとならば君にたがはむ

菜の花のうへに二階の障子《さうじ》見え戸見え伯母見えぬるき水ふむ

あやまちて小櫛《をぐし》ながしゝ水なればくぐるは君が花垣なれば

河こえて皷《つゞみ》凍らぬ夜をほめぬ千鳥なく夜の加茂の里びと

鹿《しゝ》が谷尼は磬うつ椿ちるうぐひす啼きて春の日くれぬ

くれなゐの蒲団かさねし山駕籠に母と相乗る朝ざくら路

あゝ胸は君にどよみぬ紀の海を淡路のかたへ潮わしる時

まる山のをとめも比叡の大徳《だいとこ》も柳のいろにあさみどりして

法華経の朝座《あさゞ》の講師《かうし》きんらんの御袈裟《みけさ》かをりぬ梅さとちりぬ

いでまして夕むかへむ御轍《みわだち》にさざん花《くわ》ちりぬ里あたたかき

歌よまでうたたねしたる犯人《ぼんにん》は花に立たせて見るべかりけり

うれひのみ笑みはをしへぬ遠《とほ》びとよ死ねやと思ふ夕もありぬ

御供養《みくやう》の東寺《とうじ》舞楽《ぶがく》の日を見せて桜ふくなり京の山かぜ

金色《こんじき》のちひさき鳥のかたちして銀杏ちるなり夕日の岡に

紅梅や女《をなご》あるじの零落《れいらく》にともなふ鳥の籠かけにけり

大木《たいぼく》にたえず花さくわが森をともに歩むにふさふと云ひぬ

しろ百合と名まをし君が常夏《とこなつ》の花さく胸を歌嘆《かたん》しまつる (とみ子の君に)

審判《さばき》の日をゆびきずくるとげにくみ薔薇《ばら》つまざりし罪とひまさば

山の湯や懸想《けさう》びとめく髪ながの夜姿《よなり》をわかき師にかしこみぬ

廊馬道《らうめどう》いくつか昨夜《よべ》の国くればうぐひす啼きぬ春のあけぼの

こゝろ懲りぬ御兄《みあに》なつかしあざみては博士得ませと別れし人も

うへ二|枚《まい》なか着《ぎ》はだへ着《ぎ》舞扇はさめる襟の五ついろの襟

きよき子を唖とつくりぬその日より瞳なに見るあきじひの人

人《ひと》春秋《はるあき》ねたしと見るはただに花|衣《きぬ》に縫はれぬ牡丹しら菊

女《め》さそひし歌の悪霊《あくりやう》人生みぬ髪ながければ心しませや

春の夜の火かげあえかに人見せてとれよと云へど神に似たれば

明けむ朝われ愛着《あいぢやく》す人よ見な花よ媚ぶなと袋に縫へな

にくき人に柑子《かうじ》まゐりてぬりごめの歌問ふものか朝の春雨

よしと見るもうらやましきもわが昨日《きのふ》よそのおん世は見ねば願はじ

酔ひ寝ては鼠がはしる肩と聞き寒き夜|守《も》りぬ歌びとの妻

手《た》ぢからのよわや十歩《とあし》に鐘やみて桜ちるなり山の夜の寺

兼好を語るあたひに伽羅たかむ京の法師の麻の御《み》ころも

かくて世にけものとならで相逢ひぬ日てる星てるふたりの額《ぬか》に

春の夜や歌舞伎を知らぬ鄙びとの添ひてあゆみぬあかき灯の街

玉まろき桃の枝ふく春のかぜ海に入りては真珠《しんじゆ》生むべき

春いそぐ手毬ぬふ日と寺々《てら/″\》に御詠歌《みえいか》あぐる夜は忘れゐぬ

春の夜はものぞうつくし怨《ゑん》ずると尋《ひろ》のあなたにまろ寝の人も

駿河の山百合がうつむく朝がたち霧にてる日を野に髪すきぬ

伽藍すぎ宮をとほりて鹿《しか》吹きぬ伶人《れいじん》めきし奈良の秋かぜ

霜ばしら冬は神さへのろはれぬ日ごと折らるるしろがねの櫛

鬼が栖
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