直行の汽船が三津につきます故、荷物を売り払ってでも皈ろうと存じ、岡村のあに様へ加様の次第故加様に思うていると言ってたよりを出しましたところ、あに様よりの返事には今、落ちぶれた姿で皈られては世間への手前もあり考えものである。自分にとってはたった一人の血を分けた弟であるし、そんなに困っているなら何んとかつくしたいのは山々であるが、何せ伊助も商業へ出していること故なかなか金がいるし、それに当今はゴム靴ばやりの事とて店の方もとんと売れゆきが減り、自分も永年の下駄商にみ切りをつけて靴の方へ手出しをしてみようかと思っている矢先きだから資金の調達をせねばならず、心に思うばかりにてつくせぬのはざんきの至りである、加様な有様なれば自分など頼りにせず、おかよさんのお父御にすがって何んとかして貰うてはどうだろう、とのお言葉。良人は病いの床の気短く、泣いたり怒ったりいたしますのを、傍にみていた鶴江がまわらぬ口にて、お父うちゃんお芝居のお稽古、など悦び手を叩くには良人も思わず笑ったことでございます。
思いかえせば永いことながら、伊助を岡村へおいてきてからもはや十二年、旅烏の身には何かと不自由させがちの子供をつれて歩くのは不憫にて、幸い、あと継ぎがないから、という岡村のあに様のたっての所望に、倅の身のためとも思い絞らるる胸をおしほどいて渡しはしたものの、忘れる日とてはなく、立派な学校へ入れて頂いて居ります仕合せも我がことのように嬉しいのですが、たよりの度に伊助が伊助が、と伊助を恩にきせた金の断り様、いつぞや訪ねた時の、大食いの、穀つぶしの、と育ち盛りの子をつかまえての叱り様を思い合せては、この身もつらく、手を合せて貰ってくれ、と願ったわけではないのにと、時には愚痴も言いとうなるのです。いかに落ちぶれたとて生れた土地だもの、岡村の家へは頓着なしに是が非でも皈ろうと意気まく良人をなだめて父の許へ無心のたよりをやりましたところ、母の名前でこっそり十円、別に小豆だの小麦粉だのを、親爺さんには言わんといて、と副え書きして送ってくれました。どうせ店にある品故、こうして時折り送りたいとは思うのだが親爺さんの頑固がいまにとけず、この十円をまとめるのも並大抵の苦労ではなかった、と母のたより、ただただ有りがたさで胸のふさがる思い。その金で養生をします内、何んとした不仕合せなことか鶴江がチブスみたようになり一時は
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