さすっていた。
「こう寒むくてはお小用が近くなってね」
母は独り言のように云った。
蒲団の裾へまわって湯たんぽの加減をみていた紀久子は「え?」と聞きかえした。
「いいえね、母様もこの分だと永いことはあるまいよ」
母は気力のない声でこう云うと大儀そうに紀久子の手をかりて横になった。
よく母は何かでひがんだような時にこんなに云うのだった。それがいかにも母そのものをおしつけられているように聞えて、紀久子は妙に意地の悪い心もちになって聞き流しにするのが癖になっていた。今も紀久子が黙っていると母はどういうつもりか皺めた顔を何度も手で撫でおろすようなことをしながら、
「母様がいなくなったら家の人たちは大っぴらに騒げますからね。ほんとうに、永い間気づまりな思いをさせてすまなかったこと」
と誰れにともなく云った。声がへんに潤んできたようなのでそっと顔をみやると筋ばった手が眼のあたりを覆うている。何んと云うたものか、と紀久子はちょっと惑った。そして「それは母様の思いすごしよ」と、つい慰めるように云ってから、これではいけない、と気付いた。母が待っているのは別の返事である。それが分ると口をきくのが
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