感じが強い。そして、姉の声をかりた父に自分が説き伏せられているような気がして、どうにも素直には頷けなかった。
「お父様もお年を召していらっしゃるし、静かなお話相手が欲しいのね」
姉は気を詰めて話していたせいか、疲れた様子になった。それをみているとさっきの強腰なもの云いがいよいよ作りものの感じがして、姉が少しばかり気の毒になった。それで、
「お話相手なら飯尾さんがいてよ。少々賑やかですけど」
と笑いかけると、
「飯尾さんじゃ、お父様がお可哀そうよ」
と姉はつられて笑った。
福が鮨の鉢をはこんで来た。
「お父様へはそのうちわたしからお話しますからね」
姉は鮨を食べ終わると時計を気にしながらこう云い置いて皈《かえ》って行った。
二
間もなく、そこの表通りで麻布の奥様にお会いしました、と云って飯尾さんが戻って来た。手にした切り花を仏壇に供え、その前に坐って永いこと手を合せてから、これでお役目がすんだ、というような小ざっぱりとした顔つきで火鉢のはたへ坐りこんだ。
「麻布の奥様は何か御用でお越しでしたか。お皈りが大変お早かったこと」
飯尾さんはこんなことを云いながら紀久子の淹れた茶をちょっとおし頂くようにして飲んだ。またこのひとの探索癖が出たな、と紀久子は黙っていた。すると、飯尾さんは詰った煙管に気をとられたような風つきで火箸で雁首を掃除しはじめたが、今日は都合よく花屋にいい桔梗がありましてね、お母様は桔梗がお好きでしたから早速お上げしてまいりました、と何気なく話をそらした。
「それあ、母様およろこびでしょう」
云いながら紀久子はふと、さっきの姉の話を飯尾さんにきかせてやってもいいような気になった。母にもつ感情の近さを飯尾さんに感じたからである。いま、母の話が出たので紀久子は思いがけずそれに気付いた。何かしら、姉からきいた話を飯尾さんに告げ口してやりたいような甘えかかった気もちが心の中に動いている。早く早く、とそれが急き立てる。どうせ知れる話なんだから――こう思ったので、
「そうそう飯尾さんにお話しようと思っていたけど」
と切り出すと、火鉢へ屈んで煙草に火をつけていた飯尾さんは心もち緊張した面もちで眼をそばめるようにして紀久子を見あげた。その眼つきは母の癖であった。どういうものか、母が亡くなってから飯尾さんには母に似たものが出てきた。その立居、物
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