ま》を蹴開けた。
 小野牧師は[#「 小野牧師は」は底本では「「 小野牧師は」]、寝巻きのまま蒲団の上にしょんぼり座っていた。
「牧師なんて狐だ。狸だ。みんないい加減の代物だ。神様なんて化物だ。大騙《おおかたり》だ。私ア十三年間この娘の上に奇蹟の現われることを祈っていたんだ。ところがどうだ。神様は娘にどんなことをしてくれたンだ。娘は孕《はら》ませられて、それに下し薬迄飲ませられたんだ。娘は死にかかっている。私ア、今になって始めて欽二の云ったことが解ってきた。あれは間違った事を云いやしない。尻尾が出てるぞ。お前さんのそのでっかい尻尾を、私アちゃんと掴んでいるんだ。聖書の蔭にかくれてお前さん達ア悪事をやってる。安心して、し度い放題のことをやってる。一番目の牧師ア私達親子をダシに使って出世して行きアがった。二番目の奴ア、始終寄附金や献金をごまかしていた。其奴ア女が好きで淫売を買うのが道楽だったんだ。揚句の果が他の妻君と一緒に駈け落ちだ。その次のお前さんはどうだ。私の娘に手をつけて、おまけに殺そうとしている。未だ知ってるンだ。お前さんが伝導説教に身を入れる訳もな。お役人が後で焚きつけているんじゃないか。知ってるんだ。知ってるんだ。金を掴ませられれば、神様なんて何でも引き受けるんだ。キリストなんて大嘘だ。役者だ。あの十字架が、十字架が皆の眼をまやかしてるんだ……」
 お松は駈け出した。
 会堂の中には青い月光が流れていた。
 祭壇の中央に十字架が金色の輪廓をみせている。
 お松は椅子をかきのけて走った。
 幽霊のように、蒼白な牧師の顔が戸口に音なく現れた。
「お前さんはよくも私を騙してきたね。甘ったるい声で人の心へ毒を注射するのがお前さんの仕事なんだ。お前さんの連れていってくれた楽園にア、狐や狸ばかりが往来してるじゃないか。私達ア、そいつに肉を喰われるだけだ。お前さんは詐欺師だ。詐欺師だ!」
 祭壇を睨んでいたお松の眼が白く光った。彼女はその上へ駈け登った。十字架をはがした。満身の力を集中して、それを踏みつけた、蹴った、叩きつけた。ガアン。鈍い金属音を発してそれはオルガンをしたたか打った。
「ああああああ」
 戸口の蒼い顔が低く唸って倒れた。
「兼、さ、行くんだ兄さんとこへ行こうよ。おっ母アはな、これから一生懸命働いてお前を病院さ入れて真人間にしてやるよ。さ、行こうな。兼坊、
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