前にしてくれるように、と爺さんの手へそっくり渡しているのだった。
 時折り、竹鋏を持ち出した爺さんに塵芥《ごみ》箱の中をかきまわされて大根の尻っぽだの出し[#「出し」に傍点]昆布の出殻をつまみあげられては、
「勿体ないことをしくさる。煮付けておけば立派なお菜になるぜ」などと叱言を云われる位がつらいだけで、常は、孤児院の世話になっていた頃にくらべれば、種がためにはお大尽のおひい様の気らくさにも思われる。こんな仕合せな気もちでいられるのも元をただせば内儀さんの劬《いたわ》りに負うところが多かった。内儀さんとすれば、種が自分を生みの母親とでも思いこんでいるのか骨身を惜しまず、下《しも》の方の世話までしてくれるその心根がいじらしい上に永い間、お初のことやら病気やらで思いやつれた孤独の身が今では種を唯ひとりの頼りに生き永らえているようなものである。これが種にもうっすら分ってくる。不仕合せな内儀さんに寄り添う心が強まってきて、一そうまめ[#「まめ」に傍点]に仕える。十四の年齢《とし》まで孤児院にいて、水汲みや拭き掃除を一人で受けもっていた種にとっては病人の世話ぐらい易いのである。
 床の上に坐った
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