た、遊んでばかりいると、この指さきが痛んでしようがないんですよ。こうやって、まあ、お針を動かしていると、どうやら痛みも止ったようです」
 咳の納ったところで内儀さんはこう云った。そして、脂っ気のないかさかさした指から徐かに指ぬきをはずしながら、「わたしの手は、もう、根っからの働きもんとみえますねえ」と云うて、力のない笑いようをした。
「そうさなあ。俺だって半日も算盤を使わないでいれば妙にこの手が退屈するものなあ。稼ぐに追い付く貧乏なし、ってな、昔の人はうまいことを云うたものさ」
 爺さんはこの諺が今の場合あてはまっているとは思わないが、どうもほかにうまいことも思い付かないので、これをちょっとの間に合せにした。爺さんが渡仙《わたせん》(羽後の名立たる高利貸の渡辺仙蔵)の手代をしていた頃、大番頭の丸尾さんというのが大そう主人の気にいりで、下《しも》の者にも受けがよい。下《しも》の者が何かの粗忽をした時などは頭ごなしに呶鳴りつけるようなことをせず、一同揃うて御膳を頂いている折りなどに諺を混えたりしてそれとなく意見をされる。こまごまと云われたことは忘れてもその折り折りの諺だけが妙に残る。馬淵は
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