る。内儀さんは眸を凝らして視ている。毛虫が四つ目の桟を越えた時、内儀さんは障子へ手をのばした。毛虫はひとうねのぼった。内儀さんは持っていた針を突き刺した。毛虫は激しくうねった。うねりながら針に刺された体が反りかえった。緑色の汁が障子を伝って糸のように垂れた。内儀さんの眼は毛虫を離れないでいる。やがて、うねりが止んで、針に刺されたままの黒い体が高く頭をもたげて反りかえった。
四
秋風が肌に沁みるようになってきた。
袋町のお初の家へ馬淵の爺さんはここ数日姿をみせない。内儀さんが余程悪いのだろう、と母娘のものは話しあっている。早くまあ仏様のお仲間いりをしてくれればいいに、とおっ母さんはこっそりと独り言を云うて仏壇へお燈明をあげる時も内儀さんがもう仏様にでもなったつもりでお念仏を唱えている。
お初は内儀さんが悪いときいてからは妙に気が落付かない。その寿命を縮めているのが自分のような気がしてならないのだ。あとで報いがこなければいいが、と今から怖気《おじけ》ている。内儀さんの片付くのを待つ気もちのおっ母さんは、母娘のものが馬淵の家へ乗りこむその日を嬉しそうに話しているけれど、これがお初には一向に面白くない。あんな爺さんは旦那だから我慢をしているものの御亭主にしたいなどとは爪の垢程も思っちゃいない。――お初は爺さんの内儀さんになった自分を考えるだけでもみじめな気がする。ただ、おっ母さんのいかにも嬉しそうな落付きのない様子をみていると、お初は自分も嬉しそうにしていなければ済まないと思うて笑顔になる。
二、三日前のことである。
髪結いの帰り、今日は寅の日なのを思い出して毘沙門へお詣りに廻ったお初が戻ってくると妙に浮かない顔で何か思案事に心を奪われているという様子である。店で洗粉の卸し屋と話しこんでいたおっ母さんが声をかけても聞えないような風で梯子段をのぼっていく。
「どうしたのさ」
あとからおっ母さんが案じ顔で二階をのぞきこむと、窓枠へ凭りかかって呆んやりと金魚の鉢を眺めていたお初は気がついたように笑って、
「何んでもないのよ、おっ母さん、さっきね、坂で昔のお友だちに会ったの。嬉しかったわ」
と、何気ないように云った。何んだ、そんなことかい、とでもいうような顔でおっ母さんは店が気になるのかさっさと降りていった。母への気兼ねからお初は剥き出しには話をしなかっ
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