内儀さんは種に髪を梳してもらいながら「ああ、わたしにもこんな女の子があったらなあ」と思うことがよくある。それがつい溜息になって出ると内儀さんはてれかくしのつもりか「種が優しくしてくれるので、わたしは全で自分の娘のような気がするよ」
 などと云うたりする。櫛を持った種はそれを聞きながら何やらぞくっとする程嬉しくて、一そう努めようとする気もちから内儀さんの髪がひっぱられて釣り目になるのもかまわず脚をふんばってはせっせと梳してやるのだった。
 母を知らぬ種が内儀さんを慕い、内儀さんが種を頼りにする気もちが次第に結ばれていって、いつとはなしにそれが母娘のような間柄になっている。爺さんに隠れて甘《うま》いものを食べることもある。家計を少しばかりごまかして内儀さんが種へ染絣を買うてやることもある。種が内職の稼ぎ高のいくらかを別にしておいて、それでこっそり内儀さんの好きな豆餅を奢ることもある。こんな隠し事が度重なるにつれて内儀さんと種の仲は一そう親密に結ばれていく。
 夜分は爺さんが留守がちなので内儀さんも種も賃仕事の針を動かしていることが多い。
 内儀さんがこんな風に話し出す。
「どうもねえ、山吹町の人たちは底に何かたくらみがあって此方の気嫌をとりに来るようで、わたしは厭なのだよ。種はどう思うかえ?」
「左様でございますねえ。あちらの旦那様もお坊ちゃんも金壺眼できょろきょろ御らんになる様子ったら、ほんとうにもの欲しそうですよ。金壺眼のお人は慾ばりの性わるですってね。院長さんがそう仰言ってでした。孤児院にも勘坊っていう金壺眼の子がいましてね、それあ慾ばりだった。どんなに私御膳を盗まれたかしれないもの」
「御膳を盗むのかえ?」
「はあ、ひとりずつお茶碗へ貰ってきて、それをテーブルの上へ置いてこんどお汁を貰いにいって帰ってくると、もう勘坊が食べてしまって無いんです。金壺眼の子ってほんとうに性わるですねえ。でも、こちらの旦那様がお身内なんですもの、御養子にお貰いになるのでしよう?」
「それがねえ、うち[#「うち」に傍点]は口でばかり山吹町は御免だ、って云うてなさるけど、肚ではもう決めていなさるかもしれないのだよ。山吹町のを貰うくらいなら種を養女にしたいのだがねえ」
 こう云うて内儀さんは思案にくれる。種を養女にしたい、などと口では云うても内儀さんの心はこのことにてんで無頓着である。内儀
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