者ぶりつき、子の顔や手や出臍のおなかにまで口をつけてぶうぶう吹いてやるのだった。
 或る日、めずらしく捨吉が子供を抱いて銭湯へ行った。帰りの遅いのが気になって覗きに行くと、とっくに上ったという。濡れた手拭いとシャボン箱が番台に預けてあった。それっきり父子は姿を見せなかった。親類だという夫婦者がきて、世帯道具の一切を荷車につけて行った。子供の母親と縁が切れていなかったと初めてきかされ、ぎんは途方に暮れた。子供を思って泣いた。
 しばらく独り暮しをしていたが、友だちに勧められて上京することに決心した。東京で経師屋にかたづいているその友だちの叔母を頼って行くことになった。レース工場へは義理が悪くて帰れなかった。
 郷里《くに》者の経師屋は、姪という振れこみで、ぎんを「あたりや」に世話した。時々、親類顔で覗きにきては、暮し向きの愚痴を並べ、小遣いを借りて行った。それもだんだん狎れっこになって、月末には無心を欠かさないようになった。
 誰れにでもぎんは従順だった。人の言葉に従ってさえいれば間違いがないと信じ切っていた。そして始終心の中に誰れかを立てておかないと気がすまないのである。子供のころは校
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