く。眼玉を皿にして注意する。しょっちゅう片側歩きなので、しぜん肩が凝ってしまう。六台に一人あたり、班長が休みなしに見廻っているのでくさめ[#「くさめ」に傍点]をするまもない。ぎんものちには班長になり、女では一人っきりの監督にまで上ったけれど、機械に附き添う愉しさは格別であった。
 工場にはたった一台、米国から取り寄せたという特製の機械があったけれど、これはぎんでなければ動かせなかった。他の者では機械がいうことをきかないのである。無理をして針に刺されるのが怖さに、誰れも手を出さなかった。これは織目の緻密な総レースをつくり出すのである。仕上り品は主に極上品のカーテン地として売り出された。ぎんは、この機械のことで明け暮れた。どんな小さな埃りでも指のはらで丁寧に払った。針の一本一本を唇でためした。そして、機械にかける前、糸を舐めるのに精をきらした。舐めると糸が切れないという「まじない」を故郷《くに》の年寄衆にきいていたからである。針の間からゆるやかに大巾の模様レースが流れ出してくる。白いこの流れに機械の騒音が吸いこまれて、ひとり静けさがここにばかり凝っているようである。視戌っているとしんしんとした静けさが心の奥底にまで沁みる。すると、心の奥底にもまた白い模様レースが流れはじめる。ぎんは、ぼけたように機械を忘れて立っていて、よく小突かれた。監督になってからも、この機械からは離れられなくて、ずっと掛持だった。
 機械に引き添いながら、ぎんはいろいろな模様レースを心の中で織った。子供のころ見なれた山の端の茜雲や、青空にふんわりとかかった白い薄雲や、いつかの明方見たことのある遠い空の燃えるようなだんだら雲を次ぎつぎと織っていった。それから夏の雨上りの虹の橋や朝露のつぶつぶを光らせた浅緑の草むらを織ってみたいと思った。その草むらにとまっている玉虫や羽根のすけてみえるかげろうを織りこんでみたら、どんなに綺麗かと思う。そしてまた虹の橋に霧がかかったところや梢を鳴らす優しい風の音もレースに織ってみようと、胸をふくらませるのだった。
 ぎんが工場づとめをしている間に両親が次ぎつぎに死に、たった一人の兄は北海道へ渡って鉱山入りをしたまま消息を絶ってしまった。チブスで動きのとれなかったぎんは、とうとう親の死に目にも会えなかった。寺島捨吉と知り合ったのは、こうした不幸のあとだったのである。
 その
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