に在る頃、山中の禅寺に籠ったことがあるときいていたが、朝毎、枠台を前に端座して黙然としていられるのは、そのころからの慣わしらしい。枠にとりかかると、誰れにも会わぬ仕来りであった。
こんなことがあった。
父の供をしていつかも師匠宅を訪ねると玄関の間には既に先客があって、急ぎの用事か頻りに取り次ぎ方を門弟に頼みこんでいた。永年のことで、わたくしたちは断りなしに、いつもの茶の間に通った。次の六畳ふた間が仕事部屋にあてられてある。師匠は、小庭に面したいつもの位置に少しばかり上体を俯向けて端座して、深廂のぬるい光線をうけて枠ばりの琥珀か何かに針をとおしていられた。玄関の間の先客は襖かげから顔をさし出しては急き立てる。枠にかかっている間、人に会わぬその慣わしを心得ているゆえ門弟たちはこの忙《せわ》しない客をもてあましきっているふうだったが、またも急き立てられると渋りながらも、ひとりが告げに立った。師匠はしずかに針を通していられる。尚ふた言三言かけて、下りかけると師匠が呼び止めた。不足している分の色糸を持って来るようにとのためであった。
こんなこともあった。
師匠宅で帯安の番頭と行きあわせた
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