。此境遇は随分悲惨であるが、己はそれを考へるよりは、どうにかして今の苦痛を軽減しようと工夫した。幸な事には目隠しの布が少し弛んだので、己は次第にそれをゐざらせて、とう/\ずば抜けさせた。そして己はあたりを見廻した。
地に插した一本の松明が今少しで燃えてしまふ所である。そのゆらめく※[#「左側がクの下に臼、右側が炎」、第3水準1−87−64、111−上−9]がピニイの木の赤い幹を照す。それに裸体の人が縛り附けられてゐる。レオネルロであらう。忽ち一陣の風が吹いて来て、松明がぱつと明るくなつた。レオネルロに違ひない。闇夜を背景にして白皙な体が浮いて見える。併しこれは夜目の迷であらうか。まやかしの幻影であらうか。その体は女の体である。併し女の体でゐて、矢張レオネルロである。顔はそむけてゐて見えない。見えるのは只髪を短く刈つた頭と項《うなじ》と丈である。併し体は女で、それがレオネルロに違ひない。木の幹を攫むやうにしてゐる、小さい、優しい手は、見覚えのあるレオネルロの手である。
女だ。思ひ掛けぬ発見は残酷にも己の心を掻き乱した。そして恐ろしい疑念を萌さしめた。女であつたか。併しなぜ男装してゐた
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