た。其男はリイケを辱めて娠《はら》ませた男であつた。ドルフは気の毒なリイケを拾ひ上げて、人に対し、神に対して、正当な女房にして遣つたのである。
 ドルフは其男を撞き放した。併し撞き放されて、頭に波の被《かぶ》さつて来るのを感じた其男は、再び鉄よりも堅くドルフにしがみ附いた。そして二人は恐ろしい黒い水の中に沈んで行かうとする。
 ドルフの心のうちから、かう云ふ叫声が聞える。「死ね。ジヤツク・カルナワツシユ奴。お主とリイケの生む子とは、同じ地を倶に踏むことの出来ない二人だ。」
 併しドルフの心のうちからは、今一つかう云ふ叫声が聞える。「助かれ。ジヤツク・カルナワツシユ奴。己にもお主の母親の頭を斧で割ることは出来ない。」
     ――――――――――――
 グルデンフイツシユの舟の中では、一時間程持つてゐた娑あさんネルラが叫んだ。「おや。あれはドルフがプツゼル婆あさんを連れて帰つたのでせうね。」
 果して桟橋が二人の踏む足にゆらいだ。次いでブリツジを踏む二人の木沓《きぐつ》の音がした。「トビアスのをぢさん。ちよいと明りを見せて下さい。プツゼルをばさんが来ました。」
 二本|点《とも》してあ
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