を、言語に現わし色彩に現わすのだ。言語で言えば、丁度熱心に、大声で、息をはずませて、人が千人も前に立っていて、その詞を飢えたものが麪包《パン》を求めるように求めている積《つもり》で、語り出すような工合に。
モデル。(ほとんど聞えざるほどの小声にて。)千人の人が待っているより、もっと切に待っているものがございますの。
画家。でもお前なんぞにはよくは分るまい。(疲れたる如く、手を額に翳《かざ》す。)
モデル。(徐《しずか》に。)それはどうせよくは分りませんわ。
画家。もう行くかい。(絵具入《えのぐいれ》の箪笥《たんす》に歩み寄り、紙巻を一本取りて火を付く。)そんなら暫《しばら》く合わないかも知れないよ。ヘレエネがもう来るはずだ。お前に用がある時が来れば、そういってやるよ。
モデル。わたしに御用がおありなさる時と仰ゃるのですね。
画家。うむ。葉書をやるよ。(握手せんとして手を差伸ぶ。握手。)冷たい手だな。(初めて気の付きたる如く顔を見る。)今日は大変に血色《けっしょく》が悪いよ。ゆうべ寐《ね》なかったのかい。
モデル。ええ。少ししきゃあ寐ませんでしたの。
画家。(握りたる手を放し、上《うわ》
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