ないかと思うのです。なぜというのに、折角旧思想を取片付けてしまっても、その跡の、石瓦《いしかわら》に覆われた地面の上には、新思想は芽ざして来ないかも知れませんから。新思想の生えて来るには、何処《どこ》か別に新しい地面が入《い》るのではないでしょうか。
姉。それではあなたは、この世界にまだどこか人の手の触れない新しい土地があるように思っていらっしゃいますの。
学士。ええ。もし人の手の触れない土地がもうないという段になれば、それは新しい土地が海の中から湧《わ》き出ても好いでしょう。
画家。君は詩人ですね。
学士。そうですね。詩人なら、君なんぞの読まない旧派詩人でしょう。
画家。いや。僕は新派も旧派も読みませんよ。妙な工合で、僕も誰かの句が気に入って覚えていることはあるのです。それがロオマンチックの詩人であったり、デカダンであったりするのです。仏蘭西《フランス》、伊太利《イタリア》、独逸《ドイツ》、露西亜《ロシア》、どの国のものだか分らなくなることもあるのです。気に入った句は、どの詩人のでもみんな一人で作ったもののように、僕には思われるのです。
学士。そりゃあ、それも一理ありますよ。どの詩人
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