》 que《キヨ》 leur《リヨオル》 pe`lerinage《ペレリナアジユ》 est《エエ》 agre'able《アグレアアブル》 a`《ア》 Dieu《ヂヨオ》〕.」(あの人達に聞いて御覧なさい。巡礼をすると云ふ事が実際神様の気に入ることだと心から思つてゐるのでせうか。)此詞はロシア語で巡礼に取り次がれた。
婆あさん達が答へた。「それはどうお思なさらうと、神様次第でございますよ。わたくし共は足でだけは御奉公をいたしてゐますが、胸で御奉公をいたしてゐると申して宜しいやら、そこまでは分りません。」
次に癈兵が同じ事を問はれた。
癈兵は答へた。自分は真の独身者で、どこに足を留めてゐると云ふ事も出来ないので、かうしてさまよつてゐるのだと云つたのである。次にセルギウスが問はれた。「神の奴僕《ぬぼく》の一人でござります。」
「Qu'est《ケエ》 ce《シヨ》 qu'il《キル》 dit《ヂイ》? 〔Il《イル》 ne《ヌ》 re'pont《レポン》 pas《パア》.〕」(あの男はなんと云ひますか。返事にはなつてゐないやうですが。」
「Il《イル》 dit《ヂイ》, qu'il《キル》 est《エエ》 un《アン》 serviteur《セルヰトヨオル》 de《ド》 Dieu《ヂヨオ》.」(あれは自分が神の奴僕だと云つてゐます。)
「〔Il《イル》 doit《ドア》 e^tre《テエトル》 un《アン》 fils《フイス》 de《ド》 pre^tre《プレエトル》.〕 Il《イル》 a《ア》 de《ド》 la《ラ》 race《ラアス》. Avez《アヱエ》−|vous《ヴウ》 de《ド》 la《ラ》 petite《プチト》, monnaie《モンネエ》?」(あの男は司祭の倅かなんかでせう。品が好いですね。あなた小さいのがございますか。)
フランス人はポツケツトを探つて、小銭を出して、巡礼一人に二十コペエケンづゝ遣つた。「Mais《メエ》 dite《ヂツト》 leur《リヨオル》 que《キヨ》 ce《シヨ》 n'est《ネエ》 pas《パア》 pour《プウル》 les《レエ》 cierges《シエルジユ》, que《キヨ》 je《ジユ》 leur《リヨオル》 donne《ドンヌ》, mais《メエ》 pour《プウル》 qu'ils《キル》 se《ス》 〔re'galent《レガアル》〕 de《ド》 〔the'《テエ》〕.」(だがあの人達に言つて聞かせて下さいよ。わたしがあの人達に遣るのは、蝋燭代ではありません。あの人達が一しよにお茶を飲むやうにと思ふのです。)
「お茶だ、お茶だ。Pour《プウル》 vous《ヴウ》, mon《モン》 vieux《ヰヨオ》.」(お前にだよ。爺いさん)かう言ひ足して、フランス人は笑つて、手袋を嵌めた右の手で、セルギウスの肩を叩いた。
「あなたには神様が報をなさりませう。」セルギウスは帽子を手に持て禿た頭を地まで下げて礼をした。
セルギウスの為めには、此出会が特別に嬉しかつた。どの位人の思はくを構はずにゐる事が出来るか験して見たのだと思つたからである。セルギウスは人のくれた二十コペエケンを受け取つて仲間の盲人に遣つた。人の思はくを顧みぬやうになればなる程、神の存在を感ずる事が出来て来るのである。
セルギウスは八箇月の間村から村へさまよつた。九箇月目に或る県の町に出て、合宿所に泊まつてゐると、巡査が来て、旅行券の無い男だと云ふので、外の巡礼仲間と一しよに拘引した。「お前は誰だ。旅行券はないか」と問へば、「わたくしは神の奴僕でございます。旅行券はありません」と答へる。
セルギウスは無籍者として処分せられて、シベリアへ遣られた。
シベリアに着いて、セルギウスは或る富有な百姓の地所に住む事になつた。主人の菜園を作つて、旁《かたはら》主人の子供に読書《よみかき》を教へたり、その家の病人を介抱したりしてゐた。
[#天から2字下げ](一八九〇、一八九一、一八九八作〇一九一三訳)
底本:「鴎外選集 第14巻」岩波書店
1979(昭和54)年12月19日
初出:「文藝倶楽部 一九ノ一二」
1913(大正2)年9月1日
入力:tatsuki
校正:浅原庸子
2001年12月7日公開
2006年5月6日修正
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