所ではあるが、角《かど》の一間だけ自分の居間にして置いた。併しそれも後に娘に遣つてしまつた。今そこではマツシヤが赤ん坊を抱いて寐入らせようとしてゐるのである。「まあ、こちらへでもお掛下さいまし。」かう云つてパシエンカは台所のベンチを指さした。
 セルギウスはベンチに腰を掛けた。そして背中に負つた袋を、まづ片々《かた/\》の肩からはづして、それから又外の肩からはづした。もう此袋のはづし方には馴れてゐるのである。
「まあ。まあ。尊いあなた様がどうしてそんなにおへり下りなさいますのでせう。あんなに名高くなつてお出なさる方が、出し抜けにそんな。」
 セルギウスは返事をしない。そして優しく微笑みながら、はづした袋を脇に置いた。
 パシエンカは娘を呼んだ。「マツシヤや。此方がどなたゞか、お前知つてゐるかい。」かう云つて置いて娘にセルギウスの身の上を囁いた。
 それから母と娘とは角の部屋から寝台《ねだい》と揺籠《ゆりかご》とを運び出して跡を片付けた。そしてセルギウスをそこへ案内した。「どうぞこゝで御休息なさいまし。わたくしは今から出て参らなくてはなりませんから。」パシエンカがかう云つた。
「どこへお
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