河に沿うて下つて行つた。此河岸をばもう四年|以来《このかた》歩いた事がないのである。
 街道は河の岸にある。それをセルギウスは日が中天に昇るまで歩いた。それから燕麦《からすむぎ》の畑《はた》に蹈み込んでそこに寝て休んだ。
 セルギウスは夕方になつて或る村の畔《ほとり》に来た。併しその村には足を入れずに河の方へ歩いて往つて、懸崖《がけ》の下で夜を明かした。
 目の覚めたのは、翌朝日の出前半時間ばかりの時であつた。どこもかしこも陰気に灰色に見えてゐる。西から冷たい朝風が吹いて来る。「あゝ。己は此辺で始末を付けなくてはならぬ。神と云ふものはない。だが始末はどう付けたものだらう。河に身を投げようか。己は泳ぎを知つてゐるから、溺れないだらう。首を縊らうか。あ。こゝに革紐がある。あの木の枝が丁度好い。」此手段は容易《たやす》く行ふことが出来さうである。手に取られさうに容易いのである。それが為めにセルギウスは却て身震をして身を背後《うしろ》へ引いた。そしていつもこんな絶望の時にしたやうに、祈祷をしようと思つた。併し誰に祈祷をしたらよからう。神と云ふものは無い。セルギウスは横になつて頬杖を衝いてゐた。
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