《まむし》に螫《さ》されたやうな気がした。娘の顔を見た時、白痴で色慾の強い女だと感じたのである。セルギウスは立ち上つて庵室に這入つた。娘はベンチに掛けて待つてゐた。そしてセルギウスの来たのを見て起つた。「わたしお父う様の所へ往きたいわ。」
「こはがることはない。お前どこが悪いのだね。」
「どこもかしこも悪いの。」かう云つたと思ふと、女の顔に突然晴れやかな微笑が現はれた。
「お前今に好くして遣るからね、御祈祷をおし。」
「なんの御祈祷をしますの。あたしいろんな御祈祷をしましたけれど、皆駄目でしたわ。あなたわたしのつむりにお手を載せて、御祈祷をして下さいな。わたしあなたの事を夢に見てよ。」かう云つて矢張笑つてゐる。
「夢に見たとはどんな夢を見たのかい。」
「あなたがわたしの胸に手を載せて下すつた夢なの。こんな風に。」かう云つてセルギウスの手を取つて、自分の胸に押し付けた。
「こゝの所に。」
セルギウスは娘のする儘に右の手を胸に当てゝゐた。「お前名はなんと云ふの。」かう云つた時、セルギウスは全身が震えた。そしてもう己は負けた、情慾を抑へる力が、もう己には無いと思つた。
「マリアと云ふの。な
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