ふ事は出来ませんから。」
 パシエンカはぎくりとした。そして立ち上つて忙しげに、踵の耗《へ》つた靴を引き摩つて戸の外へ出た。間もなく帰つて来た時、パシエンカは二つになる男の子を抱いてゐた。子は反《そ》り返つて両手でお祖母《ば》あさんの領《えり》に巻いてゐる巾《きれ》を引つ張つてゐた。パシエンカは語を継いだ。「どこまでお話いたしましたつけ。ワニヤは此土地で好いお役をしてゐました。上役の方もまことに善いお方でございました。それにワニヤは辛抱が出来ないで、とう/\辞職いたしました。」
「体はどこが悪いのです。」
「神経衰弱と云ふのださうでございます。まことに厭な病気だと見えます。お医者にどういたしたら宜しいかと聞きますと、どこかへ保養に往けと申されます。でもそんなお金はございません。わたくしの考へでは此儘にいたしてゐても、いつか直るだらうかと存じます。別に苦痛と云つてはないのでございますが。」
 此時「ルケリア」と男の声で呼んだ。肝癪を起してゐるやうな、その癖元気のない声で、婿が呼んだのである。「いつ呼んだつてゐやしない。己の用のある時はいつでも使に出してある。おつ母さん。」
「すぐ往くよ」
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