オは問題をわたくし個人の上に移してしまいたいのでございます。
現在の口語に訳した源氏物語がほしいかと、わたくしが問われることになりますと、わたくしは躊躇《ちゅうちょ》せずに、ほしいと申します。わたくしはこの物語の訳本を切に要求いたしております。
日本支那の古い文献やら、擬古文で書いた近世人の著述やらが、この頃沢山に翻訳せられます。どれもどれも時代が要求しているのかも知れませんが、わたくしのほしいと思う本は、その中に余り多くないのでございます。中には近世人の書いた、平易な漢文を訳した本なんぞは、わたくしは少しもほしく思いません。
わたくしのほしいのは、古事記のような、ごく古い国文の訳本でございます。それからやや降《くだ》って物語類の中では、源氏物語の訳本が一番ほしゅうございます。
しかしそのわたくしのほしがる訳本というのは、ただ現代語に訳してあるだけで好いと申すのではございません。わたくしはあまやかされている子供のような性質で、ほしいといっていた物を貰っても、その品の好悪次第で、容易に満足しないのでございます。
そのわたくしでもこの本には満足せずにはいられません。なぜと申します
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