は風味の悪くなるものであるも、不味なるものには他の味を求めなければなりませんが、実際の味は各々別個に持つもので、蕎麦のごときも蕎麦そのものの味をたっとばねばならぬは勿論のことで、蕎麦そのものには栄養分を豊富に有しているものでありますから、蕎麦粉の中へつなぎまたは味の向上を計る味の素など以外のものを混入する必要はないと思われます。
 蕎麦の味は、要するに蕎麦切として食べることにより、真価を知るという結論になるのであります。

 蕎麦切のつなぎ
 蕎麦のつなぎは、鶏卵、自然薯、長芋、薯蕷《やまのいも》、大和薯、仏掌薯《つくねいも》などを使用します。しかし仏掌薯は蕎麦切をやや硬くする恐れがあります。
 鶏卵を入れて打ったものは、他のものに比較して蕎麦の量が非常に増すものであります。
 これがつなぎについて藪忠老人の話によると、[#以下の「(イ)」「(ロ)」「(ハ)」「(ニ)」は縦中横で1字組み]
 (イ)鶏卵つなぎは、蕎麦粉一升に(百匁六個位の)卵二個、これに清水を増してこねます。また挽粉の荒い場合は一個を増して三個といたします。
 (ロ)薯蕷つなぎは、これは生でおろし込むことが普通でありますが、でき上がりが軟らかになることもありますから、薯蕷の乾粉を使用すると佳良であります。その割合は、蕎麦粉一升につき薯蕷粉八勺です。
 (ハ)葛粉つなぎは、蕎麦粉一升につき上葛粉五勺の割にするとよいとのことであります。
 なお東京市内ではないと存じますが、場末の蕎麦屋なり駄蕎麦屋では、鶏卵も薯類及び葛粉などを用いないで、米利堅粉を「つなぎ」に多く入れるところがあるかのように聞いています。その内ひどいのになると、蕎麦粉四合につき米利堅粉六合、即ち「四分六」の割にしているのもあるそうです。次は蕎麦粉五分の米利堅粉五分の半々位のものもあります。しかし実際蕎麦の「つなぎ」とするには、三割の米利堅粉は普通でありましょう。人によると、なァに一割でも二割でもつなぎなしでもできるといっていますが、これは当てになりません。
 (ニ)昔は馬方蕎麦を打って
 蕎麦屋の職人の達者な者は、昔馬方蕎麦を打って、板前の腕を磨いたという話であります。
 その馬方蕎麦というは、四谷にあって俗に「四谷の馬方蕎麦」といって有名であったようであります。この馬方蕎麦、その他昔から有名であった蕎麦屋について蕎麦通の高村光雲翁の話
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