刷された年代で見ると、祖父は三十前後の壮年で、末弟が十七八であったらしい。恐らく末弟――私からは伯[#「伯」に「ママ」の注記]父に当る少年が、当時住んでいた米沢で、この本を読みでもしたかと思われる。彼は、木綿の「裾細《すそぼそ》」(もんぺいのようで袴腰のついているもの)をはいて、膝位まである雪を踰《こ》え、友達の処へでもゆき、
「此は好い本だしか。何んでも書いて無えちゅものは無いしか」
と、評判したかも知れない!
○
福島警察の古書類は、当時の所謂人民と官憲との感情衝突をよく示している。その頃県令であった三島通庸に対する世評の一端もうかがわれる。熱情的な農民等が、明治維新によって目醒された自由平等の理想に鼓舞されて、延びよう延びようとする鋭気を、事々に「お上」の法によって制せられ、幻滅を感じるが如何《ど》うにかして新生活を開拓しようと努めた跡が、ありありと見える。このむきな人々が、僅か三四十年の間に、何と云う悧巧に、円滑になったことだろう。彼等が余り速に、賢く打算にぬけめなく立ち廻るようになったことは、私に浅くない、やや暗い感銘を与える。明治維新は斯うして考えて見ると、女学校で習ったのとは大分内容を違えて私の前に現れて来る。
[#地付き]〔一九二四年七月〕
底本:「宮本百合子全集 第十七巻」新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第4刷発行
初出:「現代仏教」
1924(大正13)年7月号
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2003年9月15日作成
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