思想検事の監視のもとにおかれるようになりはじめた時代だった。これまでの文学が、しかけていた話の中途でその主題をさえぎられたように方向を失い萎縮しはじめた時期だった。その半面に昭和十四年は、特に婦人作家たちの活躍した年として特徴づけられた。その原因について、男の文学者の或る人は、女性の社会感覚がせまいことがかえって幸して、主観のうちにとらえられている主題を外界に煩わされずに――荒々しい社会性に妨げられずに一意専念自分の手に入った技巧でたどってゆくから、この文学荒廃の時期に、婦人作家は思いがけない花を咲かせた、と解釈した。
 壺井栄さんが、偶然そのころから小説をかき出したというのは、やっぱり、この婦人作家も社会性がよわくて、女の作家という特殊地帯であらい風をさけられたからであったのだろうか。事実は、全くその反対である。壺井栄さんが小説をかいたのは、「大根の葉」がはじめてでもなければ「暦」がはじめてでもなかった。栄さんの小説勉強は思いつきのものではない。詩人である壺井繁治さんが、プロレタリア文化運動のために投獄されていた留守のころ、何かの雑誌で栄さんの書いた短篇をよんだことがあった。「財布」
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