る勤労大衆の反抗を暴圧した。ツァーのロシアの軍隊、憲兵は、血につながる勤労大衆を、ストライキしたからと云い、反抗を計画したからと云って虐殺[#「虐殺」に×傍点]した。大学は労働者の息子を入学させなかった。大衆を暗い陰気な讚美歌で眠り込ませる教会と、酒でもりつぶして階級的不満を忘れさせ、勤労大衆を肉体的にも精神的にも腐らすための、そして政府はそれからウンと税を儲けることの出来る酒場だけが、街のいたるところの角にあった。労働者の長い列と、罵り、わめき、パンを買うだけの金をよこせと叫ぶ女房連の列とが、給料日にはきまって酒場の前に見られたという有様であった。
一九〇五年の始めごろ、ただならぬ空気が漂っていた。日露戦争の敗北は、新たな革命運動の波、社会民主党(ロシア共産党――ボルシェビキ――の前身)の勢力の拡大と結びついて、大衆の経済的・政治的不満を深めた。
やがてロシア革命史上の画期的な歴史日が来た。
一九〇五年一月は、帝政ロシアの革命的大衆の歴史にとって、忘れることの出来ぬ記念の月となった。ペテルスブルグの秘密警察の代理者ガポン僧正は、プチロフ工場の四人の労働者の解雇を契機として起ったストライキ、拡大して行く労働者運動の波を、自己の指導下におこうとして、歴史的大芝居を打とうとした。大衆の政治的不満を皇帝への請願運動に解消させようとして「十字架行列」を組織した。
一月九日、ガポンに率いられた数万の労働者は教会旗や、聖像や、ツァーの肖像を建て、ツァーの讚歌を歌い、女子供までその後について冬宮の広場へ懇願に進んだ。ところが、この赤旗も革命歌もない行列に向って、ツァー[#「ツァー」に×傍点]が与えたものは何であったか。ネルリ門の附近で、突如、騎兵の襲撃と一斉射撃が起った。ガポンは逃げた。婦人、子供、老人にまで射撃[#「射撃」に×傍点]が続けられた。あきらかに仕組まれた芝居の指揮者、ツァー[#「ツァー」に×傍点]は、勤労大衆の請願に銃撃[#「銃撃」に×傍点]の挨拶をもって威嚇し抑圧したのである。だが、労働者のすべてが逃げまどうたのではなかった。
「労働者たちは胸間のシャツを引き裂いて、同志よ、俺達は死のう、だが一歩も退くな、と叫んだ。」武装せぬ行列は、社会民主主義者の指導の下に、バリケードを急造し、木石や間に合せの武器で抵抗した。千人余の負傷者、二百人の死者の犠牲者が数えられたが、ツァーの軍隊のために労働者は蹴散らされた。
この日「血の金曜日」より以来、勤労大衆の胸には、今まで「地上における神の名代」としてうつっていたツァー[#「ツァー」に×傍点]に対する容赦ない憎悪が刻印された。ロシアの勤労大衆は、ツァー[#「ツァー」に×傍点]が専制政治の先頭に立っているものであることを、大きな犠牲によって知ったのである。この日から都市において、抗議ストライキの波、農村においてストライキと地主農園の破壊が起った。労働者は八時間労働制と、専制政治に対する闘争をスローガンとした。
闘争は軍隊にも起った。一九〇五年六月、黒海艦隊に叛乱が起った。「ポチョムキン」号の水兵は、政治的要求を掲げて立ち上った。彼等は士官を捕縛し、僚艦を味方として叛乱を続けたが遂に敗北した。が、この敗北にも拘らず、それはツァー[#「ツァー」に×傍点]の支配を動揺させ、ロシア革命の武装蜂起の価値ある下地となることが出来たのである。
一九〇五年九月以後、プロレタリアートを先頭とする政治運動の波はたかまった。十月ペトログラード(今のレーニングラード)にストライキ、武装蜂起が起った。八時間労働、市民の自由、憲法議会の召集が主要要求であった。
十月十三日には、ペテルスブルグで最初の労働者の「ソヴェト」が待たれた。(ソヴェトとは、代表者会議という意味である。勤労大衆の意見、利益を代表して主張し、その貫徹のために闘う代表者を大衆選挙によって決定する仕組である。)
このソヴェトは、ペテルスブルグのみでなく、全ロシアの闘争――武装蜂起、革命の指導部となった。そして、これらの革命的昂揚におされて、ツァー[#「ツァー」に×傍点]の政府は十月十七日、「政治的自由」と「帝国議会の召集」を約束して、一応の譲歩を示した。だが、その約束が口約束だけだと言うことをプロレタリアートが指摘し、更に闘争をつづけた。農民運動はコーカサス、中央ロシア、ポーランド等に春の三倍もの地域において拡大した。十一月中旬、黒海艦隊の「オチャコフ」号は、新たに叛乱を起した。
十一月には、労働者ソヴェトの数がふえた。
十一月一日から七日まで、第二のゼネラル・ストライキが開始された。鉄道、印刷の労働者等は、労働者ソヴェトの同意の下にのみ動いた。軍隊はソヴェトに同情を寄せた。
十二月八日から九日にかけて、ソヴェトの決議に基き、政
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