物に漠然とした人生への希望をも持ち添えて職業紹介所の募集に応じて上京した少年少女や青年たちは、去年にくらべると非常な率でこの一年間に病に犯されている。
 切符を買うために、上野駅を溢れた列は永藤のところまでものびたのであったが、その中に何百人が、もう再び東京にはかえらない体となって交っていたことだろう。田舎から出たばかりの清浄な肉体は、清潔であるが故に悪条件の中ではもろくて、これらの産業戦士たちが第一に犯かされるのが結核、次は脚気、つづいて視力障碍である。大抵の雇主は、健康保険三ヵ月の期間中はおいて、それが切れると、あらゆる病を故郷の土さえ踏めば癒ることにして、生れた家へかえしてしまうのだそうだ。黙って汗にまびれた顔を不安にひきしめて、それらの若いものたちも列をつくっていたのだ。列というものの実質の深さ哀れさがここにもあると云えないだろうか。一枚の汽車切符のための列に時代のかげと人生的感想は充ちみちている。
 待合や料理店のまわりに大なり小なり列をなしていた高級車は、人目にたってはいけないことになった。自分たちの列を消すことの出来る力をもつ人々というものもあり得るわけだ。つい先日、玉の
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